小人に出会う巨人。
『次の授業、サボりたいから俺も一緒に行く』そう言って香川くんが保健室についてきた。……まぁ、そうだよね。私なんかを心配してついて来てくれるわけないよね。
香川くんと保健室に入る。
「センセー、小泉の背中に湿布貼ってあげて。さっきの体育でぶつけちゃったから」
香川くんが保健室の先生に説明すると「あらあら、大丈夫?」と先生が私の手を引いて椅子に座らせてくれた。
「キミは授業に戻っていいよ。キミがいると、小泉さんのTシャツ捲くれないでしょ。小泉さんは女の子なんだから」
先生が香川くんに注意をすると、香川くんが「あ、そっか」と苦笑いした。
……女の子。誰も私を『女の子』だなんて思っていない。虚しい響き。
「女の子じゃないですよ。こんなにデカイ子どもなんかいませんよ。私の背中に色気なんかないし、別に見られてもいいですよ。香川くん、次の授業サボりたいらしいし」
笑いながら、自らTシャツを捲り上げてやった。
私はいつから『女の子』じゃなくなってしまったのだろう。『女を捨てる』ってよく聞くけれど、私は捨てるものが無い。私が『女の子』だった時期なんて、あっただろうか。
「……バラすなや、小泉」
香川くんが険しい顔で笑った。先生も、香川くんと同じ様な笑顔を作りながら、そっと私の背中に湿布を貼り付けてくれた。
「……アレ? 湿布、一枚しかなかったかな?」
先生が、もう一枚貼ろうと袋の中を探るも、入っていない様子。……こんなにデカイ湿布、一枚で足りないなんて……。
「すいません。背中、異常に広くて。一枚で平気です。ありがとうございました」
きっと普通の女の子だったら、一枚で充分足りていただろう。やっぱり私は、女の子なんかじゃないんだ。Tシャツを下ろして立ち上がると、
「冷えピタ貼ります?」
ベッドのカーテンが開き、それはそれは小さな男の子が、ほっぺに冷えピタを貼り付けてこっちに来た。
「デカッ‼」「ちっさ」
そして、お互いから漏れる、素直な感想。
「小柄なだけです。まだ一年なんで、これから全然伸びますから‼」
男の子が、背伸びをしながら私を軽く睨んだ。
「私だって大柄なだけです。もう三年だから、これ以上伸びないように祈ってますから‼」
男の子の真似をして言い返すと、男の子が「ふふッ」と可愛く笑った。つられてこっちも笑ってしまう。
「ほっぺ、どうしたの?」
男の子の顔は、左右の大きさが違うくらい腫れていた。
「歯が痛くて……」
男の子が痛そうに、頬や顎を擦った。
「歯医者さん行きなよ」
「学校に来る前に行った。学校来たら、尋常じゃなく痛くなってきて……だから俺が保健室で寝てたのは、サボりじゃないんで。香川さんとは違うんで」
男の子は、ベッドの中でウチラの会話を聞いていたらしい。男の子がドヤ顔で、香川くんに笑いかけると「一年のくせに生意気」と香川くんが笑い返した。
「余ってる冷えピタ貼ってあげるから、背中出しなよ。別に恥ずかしくないんでしょ?」
男の子が冷えピタのシートを剥がす。言われるがままTシャツを捲くると、「可哀想に」と言いながら、男の子が冷えピタを貼ってくれた。
「ハイ、おしまい」
男の子は冷えピタを貼り終わると、Tシャツを下ろしてくれて、その上からそっと撫でてくれた。
何でだろう。香川くんに擦ってもらった時は『巨人の私なんかに申し訳ないな』と思うのに、この男の子だと素直に有難いなって思う。
しかし、今日はなんか嬉しい日だ。巨人の私が、家族以外の人にこんなに心配してもらった事なんて、いつぶりだろう。
「ねぇ。小泉先輩って、身長何センチ? 下の名前って何ていうの?」
小柄な男の子が、私よりひとまわり小さな手で、私の背中を撫で続ける。てか、名前より身長の方が気になるんだな、先に聞くってことは。まぁ、いいけどさ。
「182センチの小泉小春です。名前に【小】が二個も入ってるって笑えるでしょ。苗字は仕方ないにしても、名前はもっと空気を読んで付けるべきだったと思うよ、ウチの親」
昔から『巨人のくせに小春』と散々言われてきた為、いつからか自分から話のネタにするようになった。他人に言われるより、自分の口から言った方が傷が浅くて済む。……まぁ、もう言われ慣れてるから、免疫出来てるけど。
「……一緒だ」
男の子が、私の正面に来て笑った。
「153センチの、大森大志です。俺も、小人のくせに名前に【大】が二個入ってんの。小春ちゃんも結構イジられたっしょ。俺もさすがに親を恨んだもん」
お互い、身長で苦労している為、妙に通じ合う。……だからか、大森くんに背中を撫でられた時に、素直に有難いと思えたのは。
大森くんには、きっと私の気持ちが分かるから。……ていうか、
「【小春ちゃん】?」
私、小学校の時点でかなり大きかったから、A【ちゃん】付けで呼ばれたのなんて、幼稚園以来だ。
「身長という同じ悩みを持つもの同士、仲良くなりたいなーと思いまして。俺のことは【大志くん】でいいですよ。他の呼び方でもいいですし」
ニッコリ笑いながら、握手を求めるように右手を伸ばす大志くん。なんて人懐っこいんだ。
「ヨロシクね、大志くん」
大志くんの小さな手を、私の大きな手で覆うように握った。
私も、大志君と仲良くなりたいと思った。だって、きっとウチラの悩みは、ウチラでしか分かり合えない。
「ねぇ、小春ちゃんって勉強得意?」
大志くんが突然鞄を漁り出し、数学の教科書を取り出した。教えてってことかな。
「数学なら、俺が教えてやろっか?」
香川くんが、大志くんの持っていた教科書を奪うと、パラパラと捲った。そういえば、繭が『比呂は数学が超得意』と言っていたような……。
「香川さんて、数学得意なんスか?」
大志くんが香川くんを見上げると、
「学年一位なので」
香川くんが、物凄いしたり顔で「ふふん」と鼻を鳴らした。
「小春ちゃんは?」
この流れで聞いてくるなよ、大志くん。私だってそこそこ成績良い方なのに、霞むやんけ。
「……五位」
なかなかの上位なのに、一位の後では何の自慢にもならない順位をボソっと答える。
「スッゴ。え? 他は? 英語は? 化学は?」
何を興奮しているのか、私の腕をブンブン揺する大志くん。……私、ぶつけたの背中だけ
じゃないんですけど。何気に腕も痛いんですけど。
「俺は、数学以外あんまりだなー」
まだ何のお願いもされていないのに「他はパス」と、拒絶する香川くん。
香川が得意なのは数学だけなのか……。もしかしたら、トータルは私の方が上なのかも。
「小春ちゃんはー?」
いかにも『勉強大嫌いです』感を丸出しにした大志くんが、私に尋ねる。
……言っちゃう? でも、自慢っぽいかな。……イヤ、散々『巨人』ってバカにされてきたんだ。一コくらい自慢して何が悪いというのだ。
「私、全教科学年5位以内」
ニヤリとうっかり口の端が上がってしまった。だって、勉強だけが唯一の私の取り柄だから。
「クククッ。小春ってそんな顔するんだな。いいよ、今の顔、いいよ。写真撮りてぇ」
お腹を抱えて笑う香川くんの隣で「悪代官みたいだった」と大志くんまで大笑い。地味に保健の先生まで口を押さえて笑っている。
ていうか、香川くんまで私を、『小春』って呼ぶの? あ、大志くんにつられてか。
うっかりちょっとドキっとしちゃったではないか。巨人忘れるべからず。ドキドキしたって意味ない。
「そっか、小春ちゃんは勉強大好きなんだ」
最早、笑いすぎて涙目になっている大志くん。そんなに変な顔してたのか、私。
「だって、デカイしモテないし運動も出来ないってなったら、勉強するしかないじゃん」
それ以外なかったもん。
「……」
香川くんが言葉を詰まらせた。慰めようにも言葉が見つからない様子。別にいいのに。
「俺は小さいしモテないけど、運動は出来る方だから、勉強が出来なくてもまぁいいよね?」
大志くんが、私が作ってしまった変な空気を変えようと、わざとおかしな開き直りをした。
「良くないでしょうが。大森くん、来週5教科追試でしょうが」
保健の先生が大志くんの頭を軽く叩いた。え? 五教科⁉
「オイオイオイオイ。因みに数学何点だったんだよ」
呆れる……というか、若干引いてしまっている香川くん。
「え? 二点」
何の躊躇もなく笑顔で答える大志くん。
『……ばっかじゃねーの⁉』
見事に香川くんと私の声がハモった。
私、未だかつて一ケタの点数なんて出したことがない。
「留年するよ、大志くん‼ 冷えピタのお礼に勉強教えるから‼」
こうして、テストまでの短い期間、大志くんに勉強を教えることになった。