嫁(カッパ)に変なこと教えないでください
今回は少しばかり洋物です。
はい、そこのお兄さんお姉さん。違う想像しないでね。
河童一族の掟――人から恩を受けた河童は正体を隠して恩返ししなければならない。
しかし、河童少女ナツメはそんな掟のことなど知らずに、命を救ってくれた士郎に自ら河童だと伝えていた。正体を知られた河童は、相手の命を救うか、添い遂げなければならない。
恩返しをしない河童には、ある罰が課せられる。
それは先祖返りという罰である。
今でこそ性質を残すものの進化した妖怪のほとんどは人型であり、見かけは人間と変わらない。河童少女のナツメも甲羅はなく、頭の上に皿もなく、肌も透き通るような白さを持っていて、誰が見ても河童だとは分からない。
恩返ししない河童の罰――先祖返りの罰は今のナツメの姿を先祖同様の姿に変える。証拠にナツメの背中には薄いが小さな甲羅が張り付いている。士郎に助けてもらったあと突如発生した物である。一族の掟は真実だったのである。
一族の長大婆に進言されたナツメは恩返しのため士郎に添い遂げることを決意して、士郎の元へやってきた。嫁の押し売りという非常識なナツメの懇願に、士郎の両親は寛大な理解を示し、夏休みの間ナツメを預かることにしたのである。士郎も嫁に迎えるのはともかく、ナツメの先祖返りを防ぐために協力すると申し出た。
すぐに天上家の両親はナツメに部屋を与えた。ナツメの実家から夏休みの間、問題なく暮らすための荷物も届き、士郎も荷物の運搬を手伝い、引っ越しはスムーズに終わった。献身的に家事の手伝いをするナツメは両親に気に入られ可愛がられている。
生活するうえで河童の生態が士郎には不明だったが、何のことはない。ナツメは髪の水分さえ気を付けていれば他に気にすることは何もなかった。たまに家の中で大きな甲羅が転がっているのが目に入るくらいだった。
☆
ナツメとの生活にも慣れが出始めたころ、ナツメが携帯を片手に家の中をうろうろしていた。
「あ、ここも反応がある」
リビングの隣にある和室に来たところでナツメは声を上げた。
「ナツメ、どうしたの?」
リビングでテレビを見ていた士郎が声をかける。
ナツメは携帯を見せながら答える。
「家の中だと私の携帯が使えるんです」
「それ、普通じゃないの?」
何を当たり前なことを言ってるんだろうと士郎は思った。
ナツメから携帯を見せてもらうと、機種こそ違うが自分のとあまり変わらない。
画面上にあるグーグルやら電話のアイコンも見た感じ変わらない。
「これ、もしかして妖怪界の?」
「そうです。向こうで使えるやつなんです。こっちだと普通、結界近くでないと使えないんですけどね」
「そういや前に母さんがナツメの家に電話したって言ってたけど。電話はあるの?」
「ありますよ。うちのはIP電話ですけど。言ったじゃないですか。妖怪界は人間界の真似してるって。インターネットも繋がってるんですよ。どうやってるかは知りませんけど」
士郎の想像以上に文化は近いらしい。
「それじゃあ、日本だけじゃなくて世界のモンスターがいてもおかしくないね」
「いますよ。ドラキュラとかミノタウロスとか。たまに動画上げてます」
「今すぐ見せてもらっていいかな?」
ナツメは携帯を操作して士郎に画面を見せる。
「あれ、これ似てるけどユーチューブじゃないよね?」
「馬筒の日本語版です。妖気認証なので人間が見てもエラー画面に誘導されます。妖怪、モンスターの人しか見れない専用サイトなんですよ。中国大妖怪代表格の斉天大聖さんが作ったそうです。あ、ちなみに馬筒ってUMAと馬を掛けてるんですよ。洒落がきいてて上手ですよね」
「そっちより作った人が孫悟空だって事実がやばいよねっ?」
突っ込みはともかく、士郎は世界中にモンスターや妖怪が存在していたことに少しばかり興奮する。
「ありました。ドラキュラ一族の人の動画です。3日前にUPしてますね」
ナツメが開いた動画を横から覗き込む。
画面いっぱいの海が見える。とても奇麗でオーシャンブルーという言葉がよく似合う。プライベートビーチだろうか、浜辺には人が全然いない。しばらくして瞳の赤い人がカメラを覗き込むようにして「やあ」と言った。
「今日は僕のプライベートビーチを紹介するよ。この島は――」
UPされた動画は延々ビーチの紹介と海で戯れる投稿者本人の映像だった。
士郎はどうしようもない落胆に襲われた。
太陽の下に平気でいて、海ではしゃぐ健康そうなドラキュラ。
ご先祖に謝れ。お前から威厳の何も感じない。
そう切り捨てたかった。
「次、ミノタウロス一族の人の見ますか?」
「……もういいや。これ以上なんか……現実を見るのが辛い」
士郎は有名なモンスターの現実に意気消沈した。
「なんか人間と全然変わらないじゃん」
「人間が持ってるイメージのモンスターや妖怪は今や犯罪者だけです。そういった人たちは妖怪警察に追われますし、大抵すぐに捕まります。捕まったら妖怪界の監獄で封印されます。神と大妖怪の手掛けた多重結界ですので、まず逃げ出せません」
「その辺は人間と一緒か。こっちでも捕まったら刑務所とかに入れられるもんね。よく分かんないところが大妖怪ってどういう基準?」
「いったら妖力の大きさなんですけど。これは生まれ持ってくるものなんで種族とかは関係ないです。妖怪大戦争後、一定の妖力を越える大妖怪は妖怪界の繁栄に力を注ぐように義務付けられました。先日お話した九尾様もその一人ですね。新たに生まれた妖怪で妖力が高い人はそのためのエリート教育もされます」
「へー、結構きっちりしてんだね。妖怪大戦争っていつの話なの?」
「日本で言うと徳川幕府ができたころに当たるはずです。その前にあった戦争と言えば鎌倉幕府ができたころでしょうか。まあ、この時は妖怪大戦争ほど規模は大きくなかったと教わりましたけど」
人間界の歴史も妖怪界には伝わっているということも判明する。
士郎はナツメの説明を聞いて「よく知ってんだね」と感心していると、「歴史は好きなんです」と笑った。
ナツメの説明は続けられた。
「人間界で大きな争いが起きると妖怪界も危ういのです。人間界の世界大戦時もあわや第二次妖怪大戦争が勃発しかけたらしいです。神界の介入によって防がれたそうですけど」
「神様もいるんだ!? そうだよな。妖怪がいるんだもん、神様がいたっておかしくないよな。でも神様がいるならもうちょっと世界が平和であってもいいと思うんだけど」
「それは私も思いました。でも、神は常に平等であると考えると誰にも手を貸さないことこそが平等だと思いませんか? 神が介入するときは世界が壊れるほどの影響を与えるときだと私は思います」
「そう……だね」
ナツメの言葉が妙に納得できた士郎だった。
「そういや、そもそも人間と妖怪って結婚とかできるの? ナツメがそのつもりで来ても実はできなかったって落ちじゃないよね?」
「できますよ。人間と結婚して人間界で一生を終えた妖怪もたくさんいます。妖怪界にはハーフもいっぱい住んでいますし、知らないだけで意外と近くにいるかもしれませんよ。だから安心してください。ナツメは士郎様と結婚もできますし、士郎様の子供も産めますよ?」
ぽっと頬を赤らめて言うナツメだった。
☆
寝る時間になるとナツメは隙をついて士郎の部屋に忍び込む。
部屋に入った途端、河童一族伝統の秘技――絶対防御の甲羅を展開して部屋に居座るのがここ最近のナツメの手法だ。
「おい、ナツメ。いいかげん出て来なって」
『拒否します。士郎様は甲羅が消えたら私を部屋から追い出すつもりでしょ?』
甲羅の中で反響したくぐもったナツメの声がする。
士郎は甲羅を持ち上げて運ぼうと試みたことがあったが、重くて持ち上げられなかった。
完全防御体である甲羅は質量はそれなりで、一度潰されかけた士郎には嫌な思い出である。
「当たり前だろ? ここは僕の部屋だし、ナツメの部屋はちゃんと用意してるんだよ?」
『断固、拒否します。今日の分のチューをまだもらってません。たまには士郎様からもしてください』
ナツメの背中に張り付く甲羅の肥大化を防ぐ手段として、愛情の供給もしくは粘膜の接触が必要。
この一週間、士郎はナツメに寝込みを襲われ唇を奪われ続けている。
士郎が激怒した一番ひどいパターンになると、ナツメが士郎の体の上で甲羅展開しその重みで士郎の身動きを封じたあと、亀のように顔だけにゅっと出して士郎の唇を貪った。
その次の日に「もう出てけ!」という士郎に対し、『すみません。すみません』と、甲羅の中でひたすら謝り続けるナツメを士郎は許したもののナツメが毎晩襲ってくるのは変わらない。
「あー、分かった。分かった。もうさっさと終わらせて自分の部屋に戻れって」
この一週間で学んだこと。士郎が諦めることである。
士郎がそういうとナツメは甲羅展開を解除して士郎に抱きついてくる。
「では、士郎様。おやすみなさいのチュウです」
ナツメは柔らかい唇を士郎の唇に重ねる。
少しばかりナツメの唇が開き、士郎の口内へと舌を這わせてくる。
この数日でナツメのキスは段々とエスカレートしていると士郎は感じていた。
士郎の口内に入り込んだナツメの舌は、士郎の歯茎をくすぐり、もっと口を開けろと促す。その誘いに負けて口を開けてしまうとさらにナツメの舌が奥へと入り込み士郎の舌を絡めとり強弱をつけて吸う。
「んんっ」
時折、ナツメから艶めかしい声が漏れ、士郎の脳を麻痺させた。
ちゅううううとナツメが士郎の舌を吸い取りながら唇を離そうとするが、士郎はつい追いかけてしまう。
追いかけてきた士郎をさらに熱い攻撃し返すのがここ最近のナツメだった。
幾度かのナツメからの攻撃と士郎の無意識な応戦が繰り返され、ちゅぽんと音を立てて二人の唇が離れた。長いキスを終えたあと、ナツメが士郎の身体に手を回してぎゅうと抱きしめると、無意識に士郎も抱き返した。
「どうでした士郎様?」
ナツメは目をとろんとしたまま士郎の首筋にすりすりと甘える。
士郎はこのままでは危ないと痺れた脳に自ら喝を入れる。
「いつもと変わらないよ。これで終わり。部屋に戻りなよ」
抱いた腕を解き、ナツメの肩を軽く押さえて身を離す。
これ以上は自分を抑える自信が士郎にはなかった。
「はい。おやすみなさいです。――あら、お母様、そこで何をされてるんですか?」
「うちの息子が翻弄されている姿を見学」
士郎の母、千里がドアの隙間からじっと部屋の様子を見ていた。
姿を見られた千里は部屋に入ってくると、ナツメの頭を撫でた。
「偉いわナツメちゃん、ちゃんと私が教えた通りのキスにしたようね」
「はいっ。頑張りました」
「母さんが余計なこと教えてるのかっ!?」
千里は片目を閉じてウィンクすると、ぐっと親指を立てる。
「あんたももうちょっとキス上手になりなさいよ。ナツメちゃんに完全に負けてたでしょ。まあ、面白いからいいけど。お母さんには、あんたを使っておもしろおかしく生活する義務があるの」
「そんな義務捨てて!」
母に見られていた事実に赤面して訴える士郎だった。
お読みいただきましてありがとうございます。
甲羅について
クサカメ型の甲羅もいいのですが、リクカメ型の甲羅もいいのです。
ガメラ型の甲羅もいいのですが、トゲゾー型甲羅もありだなと思います。
要は甲羅一枚あればいい。