PEACH WARS
時は西歴ニ×××年。全宇宙を支配する悪の組織“鬼ヶ島”によって、宇宙は恐怖に包まれていた。そんな中、地球という惑星で一人の男が立ち上がった。彼の名前は、桃太郎。桃を育てる老夫婦の子供であった桃太郎は、辺境の地で大切に育てられた桃太郎は、類稀なる力を備え持っていて、正義の心に満ち溢れていた。彼は、お供にペットの犬、猿、雉を連れて宇宙船で母星を出発した。
旅の途中、鬼ヶ島からの刺客と交戦したり、立ち寄った惑星でかぐや姫という女性と出会ったり、猿が蟹の親子に襲われたりと様々な冒険があった。数々の困難を乗り越えた一行は、ついに鬼ヶ島の本拠地である“鬼星”へ辿り着いた。
※
「大変です、船長。どうやら我々はとんでもない所へ来てしまったのかもしれません」
見張りの雉から、桃太郎たちに絶望的な知らせが告げられた。鬼星で待機していた鬼たちが一斉にこちらの船を撃退しに向かっているそうだ。
「まだ到着して十分も経ってないだろう!? 一体どんな感知センサーを設置しているんだ、奴らは!」
「落ち着きましょう、船長。このままでは我々の船は蜂の巣にされてしまいます。今から離脱すればどうにかこの危機を逃れられるでしょう」
激昂した桃太郎に対して、猿が冷静に助言した。猿はこの“きび団号”における参謀である。彼がいなければ、桃太郎たちの旅はより過酷なものとなっていたかもしれない。蟹の親子との一件で心に傷を負った彼だが、すっかり元の参謀ぶりを発揮していた。
心を落ち着けた桃太郎は猿の助言に感謝する。
「そうだな……。まずは奴らから逃げ切ることを優先しよう。この窮地を乗り切れなければ、鬼ヶ島を壊滅させる機会は永遠に失われてしまうだろう。ん? そういえば犬はどこへ行った。この緊急事態だというのに」
「それがですね。犬ならいち早く鬼の軍勢に気がついて、戦闘準備を行っているところです」
雉の報告に、桃太郎は「なんだと!?」と驚愕する。
「あの戦闘狂め! あの大軍を見ても応戦しようとするなんて可笑しいだろう! アイツを止めることはできないのか!?」
「止めることはできませんよ。奴は戦うために生まれてきたような雄ですから。一度スイッチが入れば後は暴走機関車のごとく走り回るだけです」
猿の言う通り、犬はきび団号のトラブルメーカーである。月に降り立った時に、かぐや姫の臣下たちと一悶着起こしたことがある。その時の被害は尋常ではなかった。戦闘においては卓越した搭乗技術で敵を殲滅するが、その他の面では問題しか起こさない。
犬の軽率な行動に呆れ、桃太郎は深く嘆息する。
「仕方ない、我々も戦闘準備に入るぞ。雉は機動砲の用意を、猿は自動戦闘機を随時出動させてくれ」
「船長、正気ですか!? あの軍勢を相手に勝てる見込みなどありませんよ!」
猿が反論するが、桃太郎は右手で制止する。その重々しさに猿は思わず沈黙する。
「別に自棄になったわけではないさ。犬の狂行には目に余るが、奴一匹を放っておくわけにもいくまい。それに一丸となって困難に立ち向かうのが、我々きび団号だろう?」
そう尋ねられて、猿の顔から動揺が消え失せた。やがて「そうですね」と賛同の声を上げる。
「これまでにも数々の困難を乗り越えられたのも、一人と三匹が力を合わせてきたからですよね。……分かりました。私も覚悟を決めて戦いましょう」
猿に同意するかのように、雉も桃太郎を見つめて頷く。桃太郎は仲間たちの決意に笑顔で返す。
「よし。そうと決まれば各自持ち場につけ! これは一大決戦となるだろう。死力を尽くして、鬼ヶ島を壊滅させるぞ!!」
「「はい!!」」
きび団号の面々は決戦に向けて準備を始める。この時、一世一代の鬼退治が幕を開けようとしていた。
※
「報告致します、総督。大気圏外で探知した船に向けて、五十機の戦闘機を向かわせました。操縦士は全員この星の手練ればかりです」
そこは鬼星に建てられた鬼ヶ島総本部の広々とした一室。青肌の男は緊張しながらも赤肌の男に報告を言い渡した。
「しかし、お言葉ですがここまでする必要はあったのでしょうか? 相手はたったの一隻。しかも噂によれば、乗組員は人間が一人と動物が三匹だとか。そのような相手に我々が本気を出す必要など────」
「青鬼よ。あの桃太郎は間違いなく我輩たちの脅威だ。太陽系のあらゆる星を救ってきたほどの男が攻めてきたとあれば、この赤鬼も戦いに赴く他はあるまい」
鬼ヶ島を率いる男の目に、燃え盛る炎が宿っていた。それは好敵手が現れたことへの喜びだろうか。
青鬼はかつて見たことがない主君を目の当たりにして一層緊張が迸る。
「我輩も直ちに外へ出る。お前は“羅刹”の離陸準備を整えておけ」
「了解しました。どうかご武運を」
青鬼は一足先に部屋を出た。一人になった赤鬼はまだ見ぬ好敵手に期待を抱く。
「この時を待っていた。全力で我輩を殺しに来い、桃太郎……」
※
「ど畜生が! さっきから全然光線が当たらねぇ!」
犬は悔しさのあまり唸り声を上げる。
犬は熟練の戦闘機乗りである。しかし彼の技術を持ってしても、鬼ヶ島の戦闘機を撃ち落とすまでに至らなかった。
鬼ヶ島の戦闘機は高速機動を追求した機体である。その性能は宇宙でも一、二を争うほどで、瞬く間に敵を撃墜させる。攻撃が荒々しく獰猛であることから、宇宙では“丑寅”と呼ばれている。
「こうなったら……。一か八か、特攻するか」
犬は意を決して、前脚で手前のタッチパネルに触れる。
前方には敵の機体が三機。犬は突撃するために速度を上げていく。
そこで。犬の視界の外から現れた何かが敵を次々と撃墜していた。
「なんだ……? 何が起こったっていうんだ」
思わず動揺する。それとともに、自爆覚悟の意志は霧散していた。
黒に染まった宇宙空間をよく見ると、見慣れた戦闘機が近くを飛んでいた。
『──こちら、きび団号の猿。無事なのか、犬!?』
無線通信から突如聞こえた仲間の声に、安堵する犬。
「あ、あぁ。問題ねぇ。お猿のおかげで助かったぜ」
『お猿と呼ぶなと、何度も言ってるだろうが! たく、無事だったから良かったものの、このような無茶はもうするんじゃないぞ』
「仕方ねぇだろ。こっちは敵を見ると体がウズウズしやがってどうにも抑えられないんだからよ。命懸けの戦いほど楽しいものは俺にはねぇんだ」
犬の戦闘好きは今に始まったことではない。改めて気づいた猿は深く嘆息する。
『お前はそういう奴だったな……。これから船長の指令を伝える。我々きび団号は鬼ヶ島の軍勢を迎え撃つことになった。船長と雉は本船にて機動砲の準備を、私は自動戦闘機を使ってお前のサポートに回る。何か異論はあるか?』
「いや、何も言うことはねぇよ。さすが船長、俺の性格をよくご存知でいらっしゃるようだな。了解した。引き続き、敵機の殲滅に当たるとしよう」
『良かった。それでは、武運を祈っている』
猿からの通信は途切れた。孤独となった犬の顔は、獰猛で野性的な獣のように笑っていた。
「こんなに血が昂るのは太陽系を抜けた時以来だな。いいぜ、もっと俺を楽しませてくれよ────!」
※
戦闘を開始してから二時間。きび団号は鬼ヶ島を圧倒していた。犬と自動戦闘機による連携射撃や強力な機動砲によって、五十の敵機は四分の一にまで減っていた。
だが。総司令室の面々の顔は浮かない様子だった。
「船長……。とうとう奴が動き出したようですね」
雉の言葉に桃太郎は重く頷く。彼の視線は前方のモニターに向けられている。そこには、一機の大型戦闘機が映し出されていた。
「あれが赤鬼の羅刹か……。噂通りの禍々しさだな」
敵は突如として現れた。虚空から現れたのは、全体を赤色に纏った機体。それが鬼ヶ島の総督、赤鬼の愛用機であった。彼が戦場に舞い降りたということは、つまり最終決戦が始まることを意味していた。
「奴を倒せば、この宇宙は平和を取り戻すんですね……。船長、絶対に倒しましょう!」
猿の掛け声に感化され、桃太郎は「ああ」と今度は力強く頷く。
「猿は待機中の自動戦闘機を全機出動させて羅刹に向かわせろ。雉は機動砲の充電を待っている間に光線銃で羅刹を敬遠しろ。犬には私から連絡を取る。いいか、何としても奴に隙を与えるな!」
「「了解!!」」
雉と猿はすぐに準備に取り掛かる。
その間にも羅刹はきび団号へ接近していた。近づく船体に光線を放つも、難なく回避されてしまう。しかし、どういう訳か赤鬼は攻撃してこない。
「どういうことだ? わざわざ接近しておいて、何もしてこないのは何故だ?」
雉の疑問はすぐに解決することになった。
突如、きび団号に通信が入った。パネルの画面が切り替わり、送信者の顔が現れる。
『初めましてかな、桃太郎。それにきび団号の諸君よ。我輩が鬼ヶ島総督の赤鬼だ』
「……! お前が赤鬼か!」
きび団号の船員に緊張が走る。赤鬼の鋭い目はさながら蛇の魔眼のごとし。桃太郎たちの体は動かなくなっていた。
『我輩がこうして戦場に赴いたのは他でもない。我輩は、一対一の決闘を申し込みに来た。もちろん相手は桃太郎、お前だ』
赤鬼に指を指された桃太郎は、黙っていた口を開く。
「いいだろう。お前の望み通り、一対一で戦ってやる。ここでお前を倒して全宇宙の平和を取り戻してやる!」
桃太郎の宣言に対して、静かに見守る猿と雉。彼らの心には、決闘への不安よりも桃太郎への期待と信頼が募っていた。
『そうか。快諾してもらえたようで何よりだ。正義の味方とやらの力を、我輩に見せてもらおうか』
言って、赤鬼からの果し状は途絶えた。
※
こうして決闘の場は整った。きび団号から愛用機“ヒノマル”で飛び発った桃太郎は赤鬼の羅刹と対峙していた。
ちなみにこの時、犬と複数の自動戦闘機は鬼ヶ島の敵機を殲滅することに成功していた。赤鬼の来訪を知った犬は決闘に参加しようとしたが、猿に理路整然と説得されて大人しく見守ることとなった。
向かい合ったまま静止している桃太郎と赤鬼。決闘の開始はまだ告げられない。
(思えば、ここまで数多くの困難があった。苦しいこともあったが、仲間がいたおかげで何とか乗り越えられた。行った星々では様々な者たちに出会った。その誰もが鬼ヶ島の支配に対抗しようと足掻いていた。そして、この旅の終わりはもうすぐだ。)
桃太郎は自心の中でこれまでの旅を回想していた。
(お爺さん、お婆さん、かぐや姫、火星の蛸、星の王子、そして犬、猿、雉。彼らがいてくれからこそ、私はここにいられる。……赤鬼を、鬼ヶ島を倒して必ず宇宙を平和にしてみせる!)
『それでは、始めるとしよう。この闘いを制した者が、宇宙の覇者となるだろう』
「そんなものに興味は無い。それより覚悟しておけ、赤鬼。必ずお前を倒してやる!」
赤い彗星と白い流星が同時に動き出す。正義と悪がそれぞれの信念のためにぶつかる。
宇宙の存亡を賭けた、一世一代の闘いが今始まる──────
※
「────という昔話を考えたのだが、与作はどう思う?」
祖父は自作の本を閉じて、僕に尋ねた。彼の顔は達成感に満ち溢れていた。
「いや、ツッコミどころが多いわ!! まず、本当にその話をジイちゃんが考えたの!? ほとんどパクリじゃないか! それに動物が宇宙船を操縦するのは無理がありすぎるよ! こんなの、ただのギャグじゃないか! でも、そこまで話されたら続きが気になってどうしようもないよ!! 早く続きを教えてくれぇ!!!」
僕の心からの叫びは宇宙の彼方まで届いていった。
こんな作品を課題として出してしまったことをここで深くお詫び申し上げます。
ほんの出来心だったんです……!