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央扇町影新聞

影封師~異常な一般人は果たして『普通』と言えるのか?~

作者: 白星敦士

久しぶりの投稿です。


覚えてる人いるかな?

「まーた新聞部か……」

「先生たちもよくこんな新聞に許可だしてるよね~」



昼休み、廊下の掲示板に貼られた気味の悪い写真が掲載されている新聞を見ていた生徒たちがそんな言葉をこぼした。



その写真に写っている白い影。


それは普通の人影ではない。


口があり、眼らしき窪んでいる穴がある。


まるで人間のように、それでいて何かを訴えているような鬼気迫るものがそれにはあった。



「気持ち悪いなぁ……」



誰かがそんな言葉をこぼした。


女子の中にはその写真を見てあからさまに嫌な顔をして目を背ける者もいる。



「……………」



そしてその中には、写真を見て絶句している少女の姿があった。


彼女の名は影井聖かげいひじり


特殊な家に生まれている、とある呪いの類を専門に扱う異能者である。


そして、その写真に写っている存在こそが、彼女の扱う呪い――呪影だ。


それも、その写真に写っている呪影はつい先日、彼女がとある二年の男子生徒の協力を得て封印に成功したものであることは記憶に新しい。





「なに考えてんのよ!」



新聞部の部室につくなり、聖は部屋の主にそう怒鳴った。


先ほどの新聞をはがして、机に叩きつけるという強い主張付きである。



「おいおい(パシャ)いきなりどうした?」

「さらっと撮るな!」



「(パシャシャシャシャ!)」

「連写すんなっ!!」



「いやー、ごめんごめん、あんまりにもいい怒り顔だったから」



聖が怒っているというにも拘わらずご満悦でデジカメを懐にしまう。



「消しなさい!!」



「いつのを?」



「今の――……って、どんだけ撮ってんのよ!?」



「聖たんの怒った顔、悲しんでる顔、困っている顔……日常のさりげないワンシーンをこっそり切り取るのが最近のムーブメントなんだ」



とってもいい笑顔で、懐から聖の写真を取り出すこの男こそ、この新聞部の部屋の主にして呪影封印の協力者。


間取大悟まとりだいごである。



「ストーカーじゃない、あんた……!」



「失礼な。というか、聖たん、写真よく見てみ」



ドン引きしている聖に対して、なぜか呆れた様子で写真を見せる大悟。


一体なんだと思ってその写真を受け取る聖は、そこに映った自分の姿に顔をしかめた。



「こ、これ……一昨日のやつじゃない」



「子猫から威嚇されて涙目の聖たん、めっちゃ可愛いねっ」



放課後、ちょっと買い物のために寄り道でペットショップに通りかかった時、ショーウィンドウから子猫を眺めているときの様子だった。


霊的者に対して動物は敏感だからなのだろう、前から動物との相性の悪い聖だが、まさか子猫にまで嫌われるとは思っていなかったでこの時は普通にショックだったのだ。



「ひ、人が気にしてることからかうのがそんなに楽しいの……?」



その問いに対して、大悟はこれまたいい笑顔でサムズアップを返した。



「ああっ、最っ高さっ!」



下種である。



「って、そんなことより、写真をよく見てみなよ」



「いや、今のあんたのセリフ聞き流していいレベルじゃないわよ」



「まぁまぁ、それ見ればどうして子猫にまでそこまで警戒されたのかの理由がわかるってことだよ」



「え?」



どういうことなのかと、聖は写真を注目してみる。



「子猫じゃなくて、子猫の“”に注目してみなよ」



「視線の先……?」



写真は聖の斜め後ろから子猫も映り込む形で撮られている。


その視線の先、というと画面が見切れているようにしか見えないが…………



「……なんか、少し……ぼやけてる?」



写真全体のピントは合っているはずなのに、そこだけ妙にぼやけているように見えているのが聖にはひっかかった。



「あ、ちなみにこっち別アングルね」



「え?」



渡された写真は、今見ていた写真とほぼ同じタイミングの者だった。



「あんた、これどうやって撮ったのっ! 物理的に不可能でしょ!」



この写真が本物なら、大悟が同時に二人でもいなければならないことになる。


もはや自分の持っている異能など霞むほどの現象をこの男が起こしたというのか?



「やだなぁ、俺が四六時中聖たんに貼り付け続けられるわけないから、いろいろな協力者たちに聖たんを監視してもらってたに決まってるじゃないか。


で、これは同じ場面を別アングルからそれぞれ収めただけの話だよ」



「いやいやいやいや!


だけって、だけって! あんたなんてことしてんのよっ!?」



「いや、おあいこでしょ。


聖たんも俺の事監視してるんだし」



「規模が違うじゃない!!」



「お姉さん公認だが?」



「三月姉がっ!? なんで! というかいつ知り合いになったのよ!?」



「むしろ監視してくれって向こうから頼まれたんだが」



「はぁああああああ――――えっほ、げほごほっ!!」



「(パシャ)……よし。


ほら、落ち着いて。叫び過ぎだって。


水飲む?」



優しい笑顔でミネラルウォーターのペットボトルを手渡してくる大悟だが、しっかり聖がせき込む姿を撮影しているあたり、下種である。


そんな大悟から奪うようにペットボトルを受け取る聖。



「――んくっ…………ぷはぁ……はぁ、はぁはぁはぁ…………一から全部話しなさい。


私の知らないところでいったい何が起きてるの?」



「だから、まず写真見なってば」



「写真どころの騒ぎじゃないんですけど、私のプライバシーに深刻な問題が今おきてるんだけど」



「だから、それがまた今回の発端なんだって。


ほら、ここ、ここ」



二枚目の写真の指をさされた方向。


先ほどの写真だと子猫の視線のさきであり、聖からは完全に死角となっている場所。


そこは、ビルとビルの間にできる路地であり、直射日光の当たらない影となる場所である。



「っ…………こ、これって……嘘、なんで?」



聖の困惑した顔を見て、対照的に大悟はにっこりとほほ笑む。



「聖たんのストーカーの白影様、まだいたっぽいんだよね、これが」



そこに映り込んでいる、白く小さな人の形をした影に、聖は愕然とするのであった。



「あ、そうだこれ最近のお気に入りなんだけどさっ、この間の呪影の写真、連射したからパラパラ漫画みたいになってるって気づいたんだよ。


もうこれが凄い迫力でさ、音声も取っておけばよかったなぁってちょっと後悔してるんだよね。


今まで動画とか興味なかったけど、今度からはそっちにも手を出そうかと思ってるんだけど、どう思う?」



「――どういうことよっ!」



「いや、そりゃ新聞には載せられないけど、最近HPとか簡単に作れるし、そこに動画でも載せようかと思って」



「そっちじゃない!


というかそっちも駄目、絶対に!!」



呪影の存在は、表立ってするようなものではない。


特別禁止というわけでもないが、呪いなどというものが一般的に認知されてもろくなことがないことくらい目に見えているのだから。



「面白いと思うんだけどなぁ」



もっとも、そのような良識など大悟に求めるだけ無駄というものだ。


聖は前回の一件で、この男に善意など求めることはしないと決めたのだ。



「どうせ誰も信じないのに、大袈裟だな~」



これだ。


大悟は新聞部員であるが、ジャーナリズムなる精神は一切持ち合わせていない。


むしろ、ゴシップのほうを好む傾向がある。


そして、より面白いゴシップを“創作”するために取材をして、真実を織り交ぜた虚実を堂々と垂れ流す。


小火ですら大火事のように報じるという厄介な人種でもあるのだ。



「その呪影を信じる人が増えたらどうすんのよっ!」



「いやいや、こんな記事信じるような馬鹿はどうせ俺以外の奴に騙されるって。


遅いか早いかの違いなんだから、どうもしないって」



皮肉も悪意もなく、太陽は東から上って西に沈むと当たり前のことのように言い切る大悟。


まったくもってその通りなのだが、やはりこの男は狂ってる。


故に、聖は大悟に危惧を抱く。


このままでは、何かとんでもないことになるのではないかという漠然とした不安が拭い切れなくて。



「で、聖たんのストーカーがいたのは証明されたし、これで俺の仕事は解決したわけだな」



「そう」



「ああ、というわけで早速報酬として聖たんの個人撮影会をやろうか」



「ああ、はいは――――って、なんでいきなりそんなことになってんのよ!


まずなんであんたが私のプライベートを撮影してたのか説明しなさいよ!」



「説明したら撮影おk?」



「駄目に決まってんでしょ!」



「姉公認だよ?」



「だからなんで三月姉がでてくるのよぉ!!」



「はぁ……やれやれ、仕方ないな聖たんは」



「なんで私が悪いみたいになってんのよ……」



「そう……あれは呪影を封印した後に打ち上げでファミレスに寄ったでしょ? 


で、先に聖たんが帰った後だった」



「なんか語り始めたし……」





俺は机の上に、その日の戦利品である呪影の写真を並べてベストショットを選んでい――





「ちょっと待って」



「? まだ序の口にすら届いてないんだけど」



「……ちょっと、正座しなさい」



「断る」



「正座しろ」



「上級生に向かってなんだその口は」



「上級生らしい責任ある行動してから言いなさいよ。


……ああもう、いいわよ、どうせこっちの話なんて聞く気ないんでしょ。


続き話しなさいよ」



「うむ」





ベストショットを選んでいると、横をキレイ系のウェイトレスがやってきてね、俺の写真を見て目を見開き……



「ふぁっ!? ふぇ、ぁ――なんばしよっとんっ!!?」





「ちょっと待って、誰それ?」



「君の姉だよ?」



「違う、三月姉はそんな人じゃないから」



「よっぽど驚いたんだろうね。


会話するたびに第一印象がいい意味で崩れていくよ。


結構お堅い委員長タイプみたいだけど……ぷぷっ……第一声とのギャップの差に、笑い堪えるのが大変だったよ」



「…………最近、三月姉の機嫌が悪いんだけど」



「大変だね、生理?」



「…………」



「おいおい、そういうゴミを見るような見下した目は普通に不快なんだけど」



「現在進行形でこっちはあんたが不快なんだけど」



「そうか。仕方ない、ならそれでおあいこだ」



「こっちが一方的に被害受けてるんですけど」



「気のせいだよ」



どう考えても一方的としか思えないのだが、この男の価値観を一般常識に当てはめては考えられない。



「もう、とにかくこれ以上話の腰を折らないでくれよ。


ぜんぜん話が進まないじゃないか」



「腹立たしいけどそうね。


そもそもあんたに会話を望むだけ無駄だということを思い――」





「さっきは、失礼したわね。忘れてちょうだい」



「ぷっ……」



「っ…………その、ああいう写真はあんまり人目につくところで見るものじゃないわよ?」



「く、くくっ……そ、そうですね。


ぷふっ…………人のいないところで、こっそり楽しむことにします」



「それもどうかと思うけど…………あの、いい加減にしないと怒るわよ?」



「――なんばしよっとんっ(裏声)」



「このがくぁwせdrftgyふじこlp!!!!」



「ちょっと、影井ちゃん、どうしたのっ!」

「乱心、影井さんが乱心だぁ!!」

「出合え出合え!!!!」





「大変だったなぁ、あれは。


おかげでファミレスから割引チケットもらえたけど」



「人の言葉途中でぶった切った上に、あんたが一番話の腰折ってるわよね、どう考えても。


というかなんで周りは時代劇風の対応してるの?」



「あのファミレス、かなり面白そうな職場だったよ


今度バイトでもしてみようかな」



「一見私に関係なさそうだけど、三月姉経由で被害がきそうだから止めて」



「よしわかった、じゃあ聖たんがウェイトレスのコスプレ写真を撮らせてくれるってことで手打ちにしよう」



「なんでそうなるのよ」



「いいのか、俺、本当にバイトしちゃうぞぉ?」



「どんな脅し文句なのよ、意味が分からないんだけど」



「まぁ、そんなこんなで、一通り影井三月さんをからかって遊んでいたわけなんだけど」



「うちの身内に何してんのよ」



「その帰り道に呪影に襲われてさ」



「ふんふん…………え?」



「たまたま俺に仕返しをしようと後をつけていた三月さんに助けられて事なきを得たんだ」



「……え? ちょっと…………え? え?」



「そしたら呪影が聖たんに近づくなてきなニュアンスのことを喋ったんで、ああ、こりゃストーカーだなってことを三月さんと話して、複数にストーキングされてたのに一匹も封印できなかった聖たんには荷が重いって判断したわけ。


だから三月さんにストーキングの許可をもらって、こうして聖タンのストーカー呪影の把握をして、今に至るわけだ」



「…………ねぇ」



「なに?」



「……そこを回想で話しなさいよ!!


一番重要なところを一番どうでも良さげに省略しちゃ駄目でしょ!!」



「いやなんかいろいろ面倒くさくなって」



「だったらどうでもいいところを回想しない――えっほ、ごっほっ!」



「ああもう、ほら、水飲んで水飲んで」



再びむせる聖にペットボトルを渡す大悟。


涙目になりながら、一気にその水を飲み干そうとする聖。



「(――パシャシャシャシャ!!)」



「っ――ぅ、な、何してんの!」



「何も、してない。コラ画像なんて、作ろうと、思ってない」



「何をする気よあんたはぁああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



「大丈夫、ちゃんと加工するから。


涙目で必死に何かを加えようとしている聖タン……目線は細めにして、ペットボトルを黒塗りモザイクかけようと思うんだけど、いいよね?」



「いいわけないでしょ!!


どう考えてもとんでもない絵面よそれは!!」



「青い衝動収まらない男子高校生の妄想が加速して、明日からいろいろな邪な眼差しにさらされる聖タン……


臭うぜ、金の臭いだ」



「犯罪の臭いの間違いでしょ」



「大丈夫だよ。俺はそんな画像より、そんな画像が出回って困っている聖タンを純粋に見たいだけなんだ、信じてくれ」



「あんたの言葉にはもはや信じる要素など一切ないことがよくわかったわ。


というかそれやったら冗談抜きで呪うわよ」



「え、なんだって?」



「だから、呪うって言ってるのよ」



「え?」



「あんたねぇ……本気で呪うわよ!!」



「よし」



懐からスマホを取り出して、操作をする大悟。


『呪うわよ!!』



「んなっ!?」



先ほどの発言をリピートされて愕然とする聖をよそに、大悟はご満悦でスマホを操作する。



「着ボイスせってーい」



「あああああああああああああああああ!!」



先ほどからまともに相手にしてくれない大悟に、頭をかきながらその場で絶叫する聖。


そろそろ気が済んだようなので、懐にスマホを戻して大悟は聖に向き直った。



「それじゃストーカーを探そうか」



「今私の目の前にいるわよ」



「今までの分の写真、消して欲しかったら俺の取材に協力してよ」



「っ…………まぁ、どっちにしろ私のストーカーなら対処しないわけにはいかないわよね」



「今度もまた俺のことを狙ってくるみたいだし、比較的に簡単に捕まると思うよ」



「普通私じゃないの?」



「ああ、そいつの行動パターンはもうわかったから、そいつが監視してるだろうなぁってタイミングを見計らって聖タンにちょっかい出しまくったんだ」



「え……ちょっかいって?」



「ほら、最近聖タンをつれて商店街の食べ歩きツアー、もといデートに連れてって上げたでしょ?」



「デートじゃないしっ!」



顔を赤くしながら反論する聖を無視して、大悟は続ける。



「そこで呪影が近くにいるタイミングを見計らって、俺が周囲からは聖たんといちゃついているようにちょっかい出しまくったんだ」



「そんなことあったっけ?」



大悟の言葉に小首をかしげる聖。


どうにもよくわかっていないらしいが……



「ああ、自覚がないあたり君も相当俺にからかわれるのに慣れたんだね」



「え?」



「俺のセクハラに対して大きめのリアクション取るけど、君ってそれ以上の反撃してこないから周囲にはコミュニケーションの一環だって認識され始めてるんだよ、俺たちのやりとり」



「…………え」



まるで突然崖にでも突き落とされたかのような絶望的な表情を見せる聖。


そのまま力なく、床に座り込んで頭を抱える。



「うそ……うそよそんなの……!


そんな不名誉な認識が広がっていたなんて……!!」



「いや、俺の監視をスムーズにするためにそうしようって前に決めたよね?」



「何が一番許せないって……無意識にでも自分がその状況を受け入れていたことよ!」



「でもっていうか、無意識で受け入れられてるんだから怒ることでもなくない?


ぶっちゃけ聖たんって人とのコミュニケーションに飢えてるから、俺の上級者向けコミュニケーションでもうれしいんだろ、このドМが」



「うがぁぁぁああああああああ!!」



自分のキャラも忘れて大悟に向かって襲い掛かる聖。


そんな聖を前に、大悟は慌てるまでもなく足を少し上げて、タンッ軽く床を踏みつけて……



「あぎゃぅうああああああ!!」



その場で聖が悶絶してのたうち回る。


先ほど大悟が踏んだ箇所。


そこにはちょうど聖の影ができていて、聖の頭部あたりを大悟は丹念にグリグリと踏みつけていた。



「い、いたっ、いたいいたいいたい! ちょ、やめ、やめてぇ!!」



「自分の弱点まで忘れるとか、どんだけ我を失ってるんだよ?(カシャ)」



痛みに呻く聖の姿をしっかり撮影しながら、足を退ける。


影法師と呼ばれる、陰陽師の亜種のような存在の彼女は、その影までも自分の体の一部のように感覚がつながっているのだ。


故に、こうして影を踏みつけられるとその箇所の痛みを彼女も感じる。


日常生活においても支障が出るため、影を踏まれないように彼女は今まで人を近くに寄せ付けることはなかったのだ。



「こ、この鬼畜ぅ……!」



床に伏した状態で頭を押さえながら涙目で大悟を見上げる聖。



「(ゾクゾクゾクゥ!)」



背筋に言いようのない感覚が走り、大悟の表情はいやらしく歪む。


聖の今の表情が大悟(鬼畜)の何かに触れたのだ。



「(カシャカシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!)」



「ちょ、な、や、やめなさい、やめて!!」



自分の今の状況を思って必死に顔を隠そうとする聖だが、その姿が余計に大悟の嗜虐心を煽る。



「おっと……いかんいかん、話が逸れた」



「さんざん撮影した後に何言ってんのよあんたは……!」



羞恥で顔を赤くしている聖をスルーして、待ち受け画像の設定変更をしてから懐にしまう大悟。



「ちょっと、今何の画像を」「作戦を説明しよう」



「この野郎……!」



拳をギュッと握りしめたが、このままでは本当に話が一切進まないのでぐっとこらえて後で殴ろうと決める聖であった。



「俺が聖タンを暗がりに連れ込んで、これからシッポリやります的な雰囲気を出す。以上」



「ふんっ!」「そいやっ」「あぎゃぁ!?」



聖が殴る。

大悟が回避しつつ影踏み。

聖が悶える(今ここ)



「く、の……そんな作戦ともいえないような作戦で呪影が釣れると本気で思ってるのあんた!」



「思ってるよ」



「なんでよ!」



「だって聖タンのストーカーって、基本的に妄想癖あるタイプみたいだし、呪影使える奴って基本根暗野郎でしょ?


自分で乗り込むなんてリスクのあることはせず、法的にノーリスクの呪影を使うにきまってんじゃん」



「うっ」



大悟の言っていることは正論だ。


そもそも口に出して大悟に文句を言うような人間は、呪影とは無縁のはずの気質なのだから当然だ。



「まぁでも、他にこのストーカー呪影を捕まえる手段があるなら聞くよ。


ああ、できるだけこいつを煽れる感じのやつなら尚いい。


怒り狂ってる呪影の見ごたえは格別だったし、封印もそっちの方がしやすいんだよね?」



「そりゃそうだけど……あんた、マジでその性格どうにかした方がいいわよ」



「三つ子の魂百までって言葉、知ってる」



「相当に嫌な三つ子だったことでしょうね」



「いや本当ろくでもなかったよ。まさか保母さんが休職するとは思わなかったなぁ」



どこか遠くを見るような眼でしみじみと語る大悟。



「……冗談よね?」



「あの頃は加減とかわからなかったんだよなぁ……失敗失敗」



「冗談よねっ?」



ろくでもないどころのレベルではなさそうだ。



「うっそぴょーん」



「こ、こいつ……!」



愉し気に笑う大悟に、殴りたい気持ちから拳が震える聖だったが……



「って言ったら信じる?」

「どっちなのよっ!」



「で、他に作戦あるの?」



「っ……それは、ほら……あんたの無駄に広い人脈を使って、犯人を特定するとか」



「却下」



「な、なんでよ?


むしろこっちのが普通でしょ?」



「理由は二つ。


コストの無駄と、やる気が起きない」



「二つ目完全にあんたの気分次第よね?」



「だいたいそんな足で稼ぐとか一昔前の刑事ドラマじゃないんだから……


まず理由の一つだけど、俺の人脈とかタダじゃないんだよ、物理的にも精神的にも。


君のストーキングにどれだけ俺が対価を払ったと思ってるんだ? 代金請求するぞこら」



「なんで私が被害受けた行為に対して金払わないといけないのよ!


慰謝料請求してやるわよこの鬼畜野郎!!」



「まぁそれは特別に無料にするけど、こっから先は有料だ。


最低でも5000円で下手したら6桁に突入するよ、その調査。


個人特定までしたら時間だってかかる。


最低でも一週間、下手したら一月超える可能性だってあるんだよ?」



「うっ」



「あと、やる気が起きないってのはさ……まず精神的な側面からしても刑事ドラマみたいにする意味がないからだよ」



「精神的側面ってなによ?」



「はぁ」



残念そうなものを見るような眼で見られて、聖の気が逆立てられる。



「腹立つわぁ~こいつ」



「口に出てるよ。


まず、再犯の防止って側面だよ。


一度目を着けられたら、自制心が働くのが人間ってもんでしょ?」



「? だったら尚のこと犯人を特定した方が……あ」



「ようやく気付いた?


呪影は封印したらそれに関する記憶がなくなるんでしょ?


自分で言ったこと忘れるとか、若年性アルツハイマー?」



「ちょっとうっかりしただけでしょ!」



「まぁとにかく、呪影関連ならたぶん呪影を使ったストーキング関係で聖たんに関する記憶もいくらか消える。


そもそも呪影がなければ遠目に見ることしかできなかった気持ち悪い根暗野郎程度の連中なら放っておいても害はない。


再犯の危険性がないなら個人特定とかする意味はほとんどないんだよ。


脅迫の材料にもならないし(ぼそっ)」



「そっか……確かにそれなら……ん?


ねぇ、今最後なんて言ったの」



「で、代案ないなら今夜これに行くよ」



「ねぇ、だから最後なんて……ん?」



大悟が取り出したのは一枚のチラシだ。


手作り感ある紙には今日の日付があり、近くのそこそこ大きな河川敷を示す地図が乗っていた。。



「花火大会? ……そんな時期だっけ?」



「ああ、そんな時期そんな時期。


こういうのは言ったもん勝ちだから気にしないで」



「?」



「ああ、こっちの話だから気にしないで。


そんなわけで、6時……じゃ遅いから、5時半ごろに合流しよう」



「え」



「待ち合わせ場所は後でメールで送るから。


あ、ちなみに浴衣で来てね」



「え」



「戸締りよろ~」



「え」



質問の時間どころかこちらの返答など一切待たずに、カバンをもって部室から出ていく大悟。


残された聖は、渡されたチラシを一度見てから、大悟が出て行った扉を見た。



「え?」





「……はぁ……まったくもう」



カランカランと、履き慣れない下駄で歩く聖。


日が傾く夕刻の中を、指定された場所へと向かう。


そこは人気のない小さな公園だった。


河川敷の近くではあるが、近くに大きなマンションが建っているため、花火は見れない。


故に、ここには人の気配がほとんどなかった。



「……あ、いた」



講演の片隅にあるベンチに、大悟が座っているのが見えた。



「ちょっと…………えっと」



声を掛けようとして、ふと聖は止まった。


別に、大悟が何かをしているわけではない。


退屈そうにベンチに座りながらスマホを片手で操作している。


見た感じだと、ゲームでもやっているという具合だろう。


だから声を掛けるのを止める理由など大悟にはない。


それでも聖が声を掛けるのを躊躇した理由とは……



(そういえば……私、こいつのことなんて呼んでたっけ?)



記憶を探ってみたのだが、ぶっちゃけ「あんた」「こいつ」「この野郎」などと読んだり思ったりしたことはあったが、大悟のことを指示語意外で呼んだ記憶がなかった。


そもそも、聖には家族以外にはろくに会話をする相手がいなかったので、他人の名前を呼ぶということが少なかったのだ。


というか、影を踏まれと痛いという体質のために人との接触を極力避けてきたため、皆無といって良い。


だからいざ大悟のことを名前で呼ぼうとするのができなかったのだ。



「ん?」



ゲームにひと段落ついたのか顔を上げた大悟が聖の存在に気付いた。



「あれ? 聖たん、いたなら声かけてくれればいいのに」



「……あ、いや……その……なんか、集中してたみたいだし」



「ただのソーシャルゲームだよ。


……へぇ……浴衣、似合ってるね」



「あ、ありがと…………で、なんでわざわざ浴衣してしたの?


動きづらいんだけど」



「俺の趣味。


それじゃ、とりあえず移動しようか」



「え? ちょっと、趣味? え、じゃあ浴衣の意味ないの? ねぇ!」



「ないよ」



「なっ……!?」



わざわざ母に頼んで着付けてもらい、慣れない下駄をはいてきてその返答。



「あ、あんた……!」



「はい『怒り顔浴衣Ver』いただきました~!」



とってもいい笑顔でスマホのカメラで自分の姿を取る大悟であった。



「……さて、とりあえずちょっと人目のあるところに移動しようか」



「え……ちょっと、河川敷なら嫌よ。


あんな人がたくさんいるところ、何度踏まれるかわかったもんじゃないわ」



「だと思って、ほい、これあげる」



ベンチの端に立てかけてあった黒い大きめの日傘。


大悟はそれを手渡してきたのだ。



「え……これは?」



「建物の陰で、おおよそ影ができる位置とか人が通っても平気そうだったでしょ。


三月さんにも確認とって、生地の集めの奴選んどいたから安心して使ってくれ」



「え……あっと……い、いくら?」



見た感じ結構お高そうな日傘に、おっかなびっくりに尋ねると、大悟は首を横に振った。



「別に料金請求しないよ。


というか、君の体質ならこれ必須の持ち物だよね?


何で使わないの?」



「だって……なんかクラスで浮くし」



「それは一度でもクラスでポジション獲得してから言おうか」



「あぐっ」



「というか、俺と付き合ってるって認識広まった時点でもうちょっとやそっとのことじゃ周りも動じないって」



「あ、それもそうね」



「あ~らら、納得しちゃったよこの子。


で、これ使えば人込みでも歩ける?」



「……まぁ、日傘で隠れてる部分は踏まれても大丈夫かな。


それに、日傘さしてるとそれだけで人って避けて歩く場合もあるし」



試しに実際に差してみた。


日傘で隠れている自分の陰の状態を見て、これならば問題はないだろうと判断する。


そして差してみて気づいたが、見た目よりはかなり軽いし、裏側の刺繍などかなり凝っている。


本人は軽く言ったが、5桁に届く値段かもしれない。



「……ありがと」



「え、なんだって?」



「なんでもない」



そっぽを向いて、日傘で顔を隠す聖。



「礼なら写真撮影会でいいよ~」



「っ、聞こえてんじゃない!」



「聞こえてないとは言ってな~い。


それじゃ出店でも冷やかしに行きましょうか」



ゆったりとした足取りで、河川敷のほうへと向かう大悟。


そのあとを少しむくれつつも日傘をさして後をついていく聖。


普段の大悟と比べて、その歩調はかなりゆっくりめであった。



(下種のくせに、気遣いはできるのね)



そういえばと、何度か大悟とは行動を共にすることがあった聖は、これまでの彼の行動を思い返してみる。


言動と撮影の行為は語るまでもなく有罪だが、まず彼は反撃目的以外では決して影を踏まない。


さらにそれを気づかせたりもしないように立ち居振る舞いをする。


そして一緒に行動する場所も人通りの少ない道を選んだり、物陰を歩くようにさりげなく誘導されていたことを思い返す。


今まで普通に道を歩いてたが、自分が意識することが少なくそういうことができたのは、実は結構貴重なことではなかったのかと改めて実感した。



(……こいつって、実は結構いい奴なのかも)



そんな風に考え始めた聖に、大悟は何かを思い出したように振り返って手元の小型カメラを見せた。



「あ、そういえばこのあたりってもう少し暗くなるとカップルが繁みでごそごそ始める場所なんだけど隠しカメラ仕掛けていいかな?」



「やめなさい」



すぐに自分の考えは誤りだったと思い直す聖であった。


そんなこんなで少し人通りがのある河川敷近くまでやってきた。


日傘と、大悟が立ち位置に気を付けることで聖の影がうっかり踏まれるということはなく、道を歩いていく。



「へぇ……これが出店なのね」



「こういうの初めて?」



「うん……あんな中歩いたら絶対死ぬわ」



河川敷をひしめく人人人。


あれだけの人間の中に入り込めばどれだけ影を踏まれたかたまったものでもない。



「案外人が影になって大丈夫だったりするかもしれない。


さぁ、レッツゴー!」



「カメラ構えて何言ってんのあんた?」



これは明らかに痛がる自分を遠目で撮影して楽しむ気である。


やはり外道は外道か、とあきれ果てていると、香ばしいソースの匂いがした。



――ぐぅ~



「っ!」



顔を真っ赤にして即座にお腹を押さえ込もうとした聖。


そっと、大悟のほうを見ると……



「(ニヤニヤニヤニヤ)」



「(プルプルプルプル)」



滅茶苦茶いい笑顔の大悟だった。


そしてその大悟の反応に怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら小刻みに震える聖。



「(カシャ)」



「だから、撮影するんじゃないわよ!!」



その手が伸びてカメラのほうに向かうが、当然のように回避されてしまう。



「いやぁ、本当に聖たんはいい被写体だよ。


これはマジで俺も惚れちゃいそうだ」



「んなっ!」



その言葉に聖はさらに顔を真っ赤にして動きを止めてしまう。


その隙をつくかのように、大悟はその場からひらりと身をかわして、河川敷のほうに降りていく。



「あ、ちょっと!」



「適当なもん買ってくるから、ちょっと待っててよ」



制止もむなしく、人込みの中へと入っていく大悟。


あれではもう追うことはできない。仕方なく、日傘をさしたまま河川敷へと降りていくための階段に腰かけることにした。


着物が汚れないように、母から渡された布を一枚敷いて、大悟が入っていった場所を見下ろす。



「……人、いっぱいいるんだ」



この央扇町は都市開発が休息に進んだために、昔ながらの風土が残る今昔入り乱れた町だ。


昔はこの川には珍しい虫や魚もいたらしいが、今では整備されたためにその環境もなくなっている。


しかし、人がにぎわったために昔ながらの小規模なイベントが、今では他県からも人が来るほどの大イベントにまで発展した。


なんとも奇妙な光景であるなと、この土地に昔から根付いてきた一族の者としては感慨深い思いを抱く。



「あっれぇ~? ねぇ君、今暇してるぅ~?」



そんな感傷に浸っていたら、なんとも無粋で軽薄そうな声が水を差す。


まさか自分ではないだろうなと、日傘の角度を少し変えて声のした方を見た。


「おっ、すっげー、まじマブいぜっ」

「やっべ、これマジタイプだわ~」



そこに明らかに軽薄そうな二人組の男がいた。


もう見るからに関わり合いになりたくないタイプだ。


ひとまず無視して日傘を元の角度に戻し、人込みのほうに視線を向ける。



「ねぇねぇ、ちょっときみきみ、人に話しかけられたのに無視するとかひどくねぇ?」

「傷ついたわ~、これは一緒に遊んで癒してもらわないと駄目だわ~」



「他当たって、連れがいるの」



できれば会話もしたくないのをぐっとこらえて、二人組を追い払おうとそう声を発したが……



「そう連れないこと言わないでさ~」

「そうそう、俺たちと一緒の方が楽しいって」



一体何を根拠にそんなことを言っているのだが理解不能だ。


もう無視してしまったほうがいいかもしれないと思っていると、唐突に日傘の内側に男の手が伸びた。



「ほら、一緒に行こうぜ」



「なっ――は、離して」



突然手を掴まれた。


驚きもあったが、それ以上に嫌悪感があったのですぐさま振り払うと、男の態度は豹変……いや、もともと大差はないが、悪化した。



「あ? こいつ人が下手に出てれば調子に乗りやがって……」



いったいいつ下手に出たのだろうかと思ってしまう聖だったが、そう反論する前に男は再び手を伸ばしてきた。



「お高く留まってんじゃねぇよこのアマが!」



男は日傘を奪おうとしてきたのだ。



「っ、は、離しなさいよ!」



再び払おうとするが、男は日傘を掴んで離さない。



「お、おい、そのくらいにしとけって」



流石にまずいと思ってもう一人が諫めようとするがその声は当人に届いていない。



「おら、寄越せよおい、もってやろうってい言ってんだよ!」



「は、離してってば!」



聖は日傘を奪われまいと必死に抵抗するが、彼女は異能を持っていても所詮は普通の女の子。


そもそも異能自体が弱点のような彼女が、大の男相手に勝てる通りもない。


抵抗むなしく、日傘が奪われてしまう。



「きゃっ!」



その場でしりもちを着いてしまう聖。


それを見て男は満足げに表情を見せる。



「へぇ……よく見りゃいいからだしてんじゃなぁ。


どうせお前も、ここで男漁ってたんだろ? 俺が相手してやるってんだから、感謝しろよ」



「ひっ……!」



息も荒く、血走った眼で近づいてくる男。


その様子に恐怖を抱く聖。


奪った日傘を投げ捨て、聖のほうへと近づいていく。



「お、おい、まずいって、どうしたんだよ、おい!」



もう一人が声を掛けるが、男は止まる様子もない。


そのまま、聖のほうへと近づいて、その足が聖の影に触れ――



「くたばれ」



メキッと、不吉な音がした。


続いて、男がその場で倒れる。



「…………え」



唖然とした表情で男を見上げる聖。


そこに立っていたのは、かつて見たことがないほど無表情の大悟だった。


その手にはいったいどこから取り出したのか、警棒のようなものが握られていた。



「あ、ぅ……てめ、いきなりなにを」



思い切り殴られた男は、頭を押さえながら立ち上がろうとして、殴った張本人である大悟を睨む。



「……ちっ」



小さな舌打ち。


かと思えば、大悟は再び手に持った警棒を振り上げた。



「え、ちょっと、まっ――」



大悟の行動に驚いた男の制止より早く、その手が振り下ろされた。



「あ、ぎゃ、い、いって、や、やめ――! やめ、あ、ぎゃあああ!!」



何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


大悟は全力で警棒を振るった。滅多打ちである。


慈悲など一切なく、明らかに男が流血しているにも関わらず大悟は全力で男を殴る。



「お、おい止めろ、死んじまうだ――」



もう一人の男が大悟を止めよ近づいた。


しかし、大悟はもう一方手に持っていたアツアツのたこ焼きをその顔に向かって投げつけた。



「あ、ぎゃあああ!!」



顔に叩きつけられたアツアツのたこ焼きに顔を押さえてその場で転げまわる男。



「聖、行くぞ」



「え……あ、うん」



大悟は素早く警棒を畳んで懐にしまうと、落ちていた日傘を回収して聖に渡した。


聖は日傘を受け取ると、すぐさま大悟に手を引かれてその場から離れていく。



――――

―――――

――――――



河川敷から離れて、人気の少ない通りにやってきた。


一応物陰に身を寄せて、追手がいないことを確認してから大悟はつぶやく。



「顔は覚えた。


あいつら、二度とこの町歩けなくしてやる」



「ちょっと、どうしたのよ……?


なんかいつもと違うわよ、あんた」



「そう? なんか見るからにやばい雰囲気だったから、あれくらいやった方が最適かと思って」



「どう見も過剰防衛……いや、傷害罪よね、あれ」



「まぁ、そんなことより聖たん、さっきの大丈夫?」



明らかに話をそらそうとしているのだが、助けられた手前指摘するのは忍びないということで話に乗ってあげることにした。



「大丈夫よ、ちょっと転んだだけだったし」



「いやでも…………さっきあの男に影踏まれてなかった?」



「…………え?」



大悟の指摘を受けて、聖の足が止まる。


つられて、大悟も足を止めた。


そしてその表情は怪訝なものに変わる。



「……もしかして、痛くなかったの?」



「見間違い……じゃないの?」



「いや、あれは明らかに踏まれていた。


俺、聖たんの陰には常に細心の注意払ってるから間違いないよ」



「…………ちょっと待って、それじゃあ……さっきの男って」



影封師である自分の影は、人の命の重さを体感する器官でもある。


それが、重さを感じなかった。


だとすれば……それはつまり、影法師――呪影の使い手であることを示している。



「あいつの陰は白くないし、見るからに普通の影だったけど……――ぅ!」



「え、どうし――――“大悟”っ!?」



その時、聖は気づいた。


大悟の背後に、白い影――呪影が存在していたのだ。


そしてその呪影の白い手が、大悟の背中に手首まで埋まっていた。



「まさか、憑依する気!」



すぐさま聖は自分の影が揺らめいて、大悟の背にいる呪影へと伸びた。


だがその影が届く前に、呪影の全身が大悟の中へと入りこむ。



「あ、か……!」



身体に呪影が入り込まれてしまった大悟は、その場で苦し気に呻きながら膝をつく。



「ちょっと、大丈夫!?」



そんな質問をして、即座に聖は自分の愚鈍さを嘆いた。


大丈夫なわけがない。


そもそも大悟は異能力など持っていない一般人が、異能に対して対抗策など持っているはずがないのだ。



「が――あああ!」



まるで獣のように吠えた。


かと思えば、大悟の手が聖の首に向かって伸びてきたのだ。



「あ、か――はっ」



そのまま伸びてきた大悟の手が聖の細い首を思い切り締め上げてくる。


聖は苦しみながらもどうにか大悟の手を振りほどこうとするのだが、男女の純粋な腕力の差がここに出てきた。


どちらかと言えばインドア派の聖には、大悟の手を振りほどくほどの力はなった。


苦しみに表情が歪む。



「あ、はは……はははっ」



聖の表情が歪んでいくのを見て、大悟の顔が喜色で歪む。


その眼は虚ろだが、本当に楽し気に見える。



「こ、の……真正サディスト……!」



思わずそんな文句を言って、苦しみながらも聖は強気で睨み返した。


このままただ苦しみにもがくだけでは完全に負けたような気がして悔しかったから、そうしたのだ。


だが、それも所詮はただの強がり。


酸欠で視界が歪んできて、苦しみが眠気へと変わりだす。



(こんなことで……私……死ぬのかな?)



今も大悟の手をどうにか振りほどこうとするが、やはりびくともしない。


普段から大きめのカメラを携帯しているから、腕力はそこそこあるようだ。



「……ぁ……ぅ……」



口からこぼれるのは、もう声とも言えないようなかすれた息遣いだ。



「――ひっ」



そして、続いて聞こえてきたのは恐怖におびえたような声だった。



誰の声だろう?



おぼろげな意識の中でそんなことを聖は考えたが、もう意識がほとんどない。



――このまま自分は死ぬのか?



本気でそう思った瞬間、自分が地面に倒れていることに気が付いた。



「けほ、えほっ……こほごほっ!」



せき込みながらも呼吸を整えて、起き上がった聖。


何が起きたのかと必死に状況を理解しようと試みて、当然、目の前にいる大悟のほうを見た。



「あ、ぁ……や、やめ……いやだ……やめ、やめ……ああああああああああああああああああああ!!」



突然、頭を抱えてその場で絶叫する大悟。


あまりに前触れのない発狂ぶりに、聖は唖然とその光景を見た。



「や、やめ……やだやだやだやだやだやだやだやだやだ!


イタイタイタイ、イタイイタイイタイイタイイタイタイタイタイタイタイィィィィィィィィィ!!!!!!」



自分自身を抱きしめるような格好で、地面の上をのたうち回る大悟。


――いや、違う。


これは、大悟の中にいる先ほどの呪影の行動だろう。



「けほっ……い、ったい……なんで……?」



眼の前の後継に、聖は唖然とした表情を見せた。


今までそれなりの数の呪影を見てきたが、このような反応は初めてだったからだ。


どうのように対処すべきなのか迷っていると、大悟にさらに変化が起きた。


さきほどまで必死にのたうち回っていたのに、その動きがぴたりと止まったのだ。



「……よし、勝った」



「…………は?」



まるで何事もなかったかのように、平然と立ち上がる大悟。



「聖タン、大丈夫?


痕とか残ってない?」



「……え、いや…………え?


ちょっと……呪影に取り憑かれたのに、大丈夫なの?」



「なんか平気っぽい。というか急に暴れ出した、解せぬ」



「………………」



この飄々としたリアクション、どうやら本人で間違いないようだが、いったいどうしてこんなことになったのだろうか?



「ん? あ、聖タン、封印の準備しといて、なんか出てくるっぽい」



「え? わかるの?」



「流石に自分の中にいたらね、ほら準備準備」



「う、うん」



促されるまま、自分の影に意識を集中する聖。


すると、その影が水の波紋のような揺らめきを見せて、立体化する。


その光景を見て、大悟は顎に手をあてて呟いた。



「……触手の中にたたずむ少女。


なんかエロい」



「おい」



「ちょっと、自分で絡まってみない? 大丈夫、ちゃんと分け前だすから」



「阿呆なこと言ってないで、さっさと呪影出しなさい」



「へいへいほ~」とやる気がなさげに、ちゃっかりカメラを出して聖に背を向ける大悟。


ドンと自分の胸を強めに叩いた時、その弾みでとびだしたように白い物体――呪影が出てきた。



「……あれ、男から白い物体が出てくるってこれ、セクハラにならない?」



「出自は太陽、されど暗きかたにしか生きられず――」



大悟の発言を無視して、呪影に自分の影の触手を絡めていく。


呪影は大した抵抗を見せることもなく、去れるがまま聖の影の触手に拘束されていく。



「迷はず、惑はず、揺らがず、ここに永く眠れ。


影封の第五印…………火済(カスミ)!!」



そして、難なく呪影の封印は完了した。



「んだよ、ちょっとは抵抗しないと撮影しがいが無いじゃねぇかよ」



一切抵抗することなく、黙って封印――いや、まるで憔悴しきったかのように動かなかった呪影に対して不満を漏らした。



「――最後までつまらねぇな、こいつ」



まるで侮蔑するかの如く吐き捨てる大悟。


その時の表情は、あまりにも冷たいもので、聖は背筋が寒くなった。


そしてその言葉が何を意味するものなのか、この時の聖はまだ気付いていなかった。






「本当に平気なの?」



「ああ、問題なし問題なし。


というか、むしろ今は気晴らしがしたくて仕方がない」



どこから苛立った様子で聖の隣を歩く大悟。


すでに日は落ちて、周囲には大勢の人がいる。


灯っている電気はほとんどが白熱灯によるものなので、この光でできた影は踏まれても聖は痛くないのだ。


もっとも、花火が空に打ちあがると大変なのでその前にはここから離れる予定だが……



「ほいほいほほいっと」



ポイ一本で金魚を大量に掬っていく大悟。


あまりの手際の良さに周囲の人が足を止めてみていく。



「う、うまいわね……」



「ちょっとしたコツだよコツ……まぁ、こんなにいらないからリリース」



せっかく捕まえた金魚の入ったお椀を傾けて、二匹だけを残す。



「いいの、せっかく獲ったのに?」



「世話すること考えたらこのくらいがちょうどいいんだよ、それじゃ適当に食い物勝って、花火見えるとこ行こうか」



「う、うん」



「あ、そうだ。


そういや聖タン、俺の事普段呼び捨てにすること決めたんだね」



「え? な、何よ急に?」



「いや、さっき俺が呪影に憑依されたとき言ったじゃん、大悟って」



「……き、気のせいよ」



「照れなくてもいいのに~」



「て、照れてないわよ!」



「(カシャ)


はいツンからのデレ顔いただきました」



「と、撮るんじゃないわよ!」



カメラを奪おうとするが、のらりくらりと交わしながら進んでいく大悟と、それおw追いかける聖。


傍から見たらどう見てもイチャつくカップルにしか見えなかった。





「……あれ、どう思う?」



「どうって…………やっぱ、異能の類は持ってないよな」



「そうよね……仮に持ってたとしたらいくら鈍くても聖が気づいてるわよね」



「三月姉ですら近づいて何にも感じなかったら間違いねぇよ」



「……だったら、さっきの呪影はどういうことなのかしらね」



「それが謎なんだよなぁ~…………」



「というか思い切り懐柔されてるわよね、あの子」



「兄としては、いい傾向にあると思うけど………………いや、正直あいつに“義兄さん”とか呼ばれるのは嫌だな」



「どこまで想像してるのよ、私まで“義姉さん”とか呼ばれるの想像しちゃったじゃない、最悪過ぎるわ、それ」



「…………いや、やめようこの話題。


とにかく、俺のほうも少し気にかけてみるよ。


どうも間取の奴、普通じゃないし」



「そうね、お願い。


それと、できるだけ早く“呪影”大量発生の原因も突き止めなさいよ」



「わかってるって」





――スポーツの祭典で一気に開発が進みにぎわいにあふれる央扇町。


――しかし、そのにぎわいに寄ってくるのは必ずしもいいものばかりとは限らない。


――陰で誰かが蠢いている。


――その事実を知る者は、まだごく僅か

一応連載とか考えて作ったネタですけど、実際にそれやるのはまだ先になると思います。


もし希望があれば、時間はかかるでしょうがちょいちょい短編で続きを書いていこうと思います。


ではノシ

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