「ここは俺に任せて先にいけ!」
◆
「色んなことがあったなぁ」
唐突に俺の腕の中にいる勇者がそんなことを言った。
確かに色々なことがこの三年間であった。
俺達の故郷の王様がいきなりコイツを勇者に任命して。
幼馴染ってだけで俺も魔王討伐の旅に向かわされて。
不慣れな旅路も魔物との戦闘も今ではすっかり気軽になったものだ。
色んなところをまわって、色んな人と出会った。
苦しいことだらけだと思っていたこの旅も振り返ってみれば楽しいと思わざるを得ない。
「最初はあんなに弱かった君もなかなか頼りになるようになったじゃないか」
俺の腕を自身に引き寄せ勇者は安らかに言う。
「そりゃあ、な。お前は勇者とは言っても女だ。俺はお前を守るために死に物狂いで頑張ったんだから、強くなって当然ってもんだ」
「あんなに下手っぴだった剣術も魔法も源術仙人様から教えてもらってたもんね」
「あんのジジィ……手加減ってもんを知らねぇからな。いきなり格上の魔物の巣窟にワープさせられた時は地獄に来たんだ~って思ったくらいだぜ」
「あはは~、そんなこともあったねぇ」
笑い事じゃあない。
コイツはいつも俺といるときは笑いやがる。
何がそんなにおかしいんだか。
「ジジィとは赤の国で会ったんだったか」
「うん」
赤の国……か。
良い思い出もクソもない、最初に訪れた国だっていうのに。
終わり良ければすべて良し。
なら、始まりが悪ければどうなのだろうか。
「牢屋から助けてもらったよね。謎が多いお爺さんだったけど」
「あんなのただの飲んだくれと大して変わらんだろ。俺達を助けたと思ったらその後酒おごらせやがって」
「結局あの人は女神のことは見えていたんだろうか」
女神、ね。
コイツを勇者として見出したこの旅の元凶。
とは言っても憎んでいるわけではない。
あのお方は最後の最後までコイツを勇者にしたことを嘆いていた。
後悔していた。
それはコイツが世界を救うには力不足とかそういうわけではなく、単にあのお方が優しかったことに尽きる。
そう。優しかった。
困ったことがあれば天界から現れては俺達をサポートしてくれた。
碌に世界も知らない俺達が旅を続けられたのもあのお方のおかげだった。
協力も助力も惜しまずに、魔王を倒すために必要なものを必要なだけ用意もしてくれた。
俺は無宗教だが、あの女神になら祈りを捧げてもいい。
だけど、死んだ。
女神なのに死んだ。
俺達を庇って。
天界の怒りをある事情で買ってしまった俺達には神罰が下るはずだった。
それを庇った女神は堕女神の烙印を押され、彼女は全ての加護を俺と勇者に託して雷を浴びて消滅した。
「どうした?」
心配そうに俺の顔に手を添える勇者。
「泣きそうな顔をしている」
「いや………なんでもない」
こんなことではダメだ。
強く心を保たないと。
二人で誓ったじゃないか。
女神は正しいことをした。それを魔王を倒すことで証明してやるって。
だから、こんなところで泣いている場合じゃない。
思い出話を続けよう。
「黄の国では悪かったな」
「まったくだ。あそこはもう魔王の支配下に落ちているんだから油断するなとあれだけ言ったのに君ってやつは……」
「返す言葉もない」
退魔の力を持つ勇者の剣。
それが前の戦闘で折れてしまった。
それを直すためには黄の国にいるとされる黄金の鍛冶師に頼むしかないと女神に言われ危険を冒して訪れたのだった。
結果を言えば勇者の剣は以前よりも強力になったし、黄の国を魔王の手から救うことにも成功した。
だが、その過程で俺は黄の国に住む人間に騙され勇者をおびき出す人質になってしまったのだ。
あれだけは本当にコイツには申し訳なく思っている。
「しかも助けたと思ったら、鍛冶師の人とイチャイチャするし」
「あれはあの人が一方的に………」
「満更でもない顔してたよっ」
胸が大きかったもんね!
勇者は俺の胸に顔を埋めて拗ねたような声をだす。
言動のズレを感じるがそれは嫉妬してくれているのだと思いこもう。
しかし、まさか黄金の鍛冶師が若い女性だというのにはさすがの俺達も驚いた。
大層な技術を持っているとの話だったので、ジジィくらいの年のイメージだった。
黄金というのもただ彼女の髪の色が金髪というだけの話だった。
「もういっそのことあの人と結婚すれば?」
言ってて辛くなったのか涙を浮かべる勇者。
なら言うなよ……。
「俺はお前のことが好きだと、青の国で散々言っただろ。いい加減思い知れ」
「あうぅ……」
顔を真っ赤にしてまたもや顔を隠してしまった。
全くやれやれ。
面倒なお姫様だ。
「いつから好きだったんだ?」
「ずっと昔からだ」
「私たちが出会ったときから?」
「ああ。出会ったときからだ」
「えへへ。なら私と一緒だな」
なんだそうだったのか。
出会ってから今まで二十年間ずっと俺達は両想いだったのか。
「随分と遠回りしてしまったもんだな」
「この旅と一緒だよ」
至極その通り。
しかし、それも今日で終わりだ。
ここは魔王がいる城の中枢。
ここに来るまで半端な強さなんて持たない精鋭の魔物を葬ってきた。
あと半分だ。
あと半分で世界は人類は平和を手にする。
死力を尽くしてやる。
そう思っていたのに。
「体の方はどうだ? 勇者」
「ん。どうやら無理みたいだ。先ほど受けた毒は致死性を持つらしい」
ここに来る前の戦闘。
城の門番をしていた毒竜にやられた傷が致命的だった。
受けた毒はほんの少量。
効き目は遅かったみたいだがついに勇者の体にも限界がきたらしい。
「おいおい、そんな顔するなよ。君はこれから英雄になるんだよ?」
勇者でもない英雄に。
俺はこれから一人で魔王の元にたどり着き、一人で魔王を倒し、一人で故郷に帰って、一人で生きて行く。
一人、一人、一人、ずっと独り。
そう思うと無意識に勇者を抱く腕の力が強くなってしまう。
「こうやってざっくりと旅を振り返ってみたけど、……うん、そうだね。悪くなかった」
「悪くなかった、か」
「良かったよ」
勇者は目を閉じる。
もう二度と開けることがない。
そう思わせるような安らかに穏やかな表情だった。
「君と出会えて、君と旅をして、君と戦えて、君と好き合えて。君と………」
世界を救えて―――――
「―――本当に幸せだった」
「ああそうかよ」
俺は不幸だよ。
お前がいなくなってしまって。
俺と勇者が今生の別れをしている最中、魔王配下の魔物がぞろぞろと俺達二人を取り囲む。
俺は状況を見るまでもなく気配でわかる。
魔物が数十体、今までよりもかなり強い化け物ばかりだ。
これは死ぬだろう。
普通に考えて。
二人で倒していた魔物よりも手ごわい敵に囲まれては俺の命なんて風前の灯火以下だ。
でも。
それでも。
コイツに心配させて死なせるわけにはいかない。
ここはひとつお約束のあのセリフを言おうじゃないか。
シチュエーションは思っていたのとはだいぶ違うがまぁいいだろう。
愛する者よ、ちゃんと聞いとけよ?
「ここは俺に任せて、先に逝け!!」
俺は戦う。
勇者の剣を手にして。
ジジィから学んだことを活かして。
女神を正しさを証明して。
そして。
幼馴染の跡を追うために。
俺は。
魔王をぶっ倒して………。
それではみなさんご愛読ありがとう。
俺達……いや、俺の戦いは―――――
「ここからだ!!」
◆