電話
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「はい、○○です」
「---------」
「? あの、もしもし? もしもーーし」
またか。
青年は、大きく溜息をつき、投げるようにして乱雑に受話器を置く。
「母さん、まただ。また悪戯電話だよ」
「あらあら。そうなの? 困ったものねぇ」
「そんなレベルじゃないっての。今日、もう何度目だと思う?」
「何度目だったかしら?」
「いや、覚えてないけどさ。とにかく多すぎるのは確かだよ。今日の明け方から、急にだよ? 急に」
「これまで、そんなことは無かったものねぇ」
肯定を示すように何度も頷く青年を意に介さず、今度は彼の持つ携帯電話がけたたましく鳴り響く。
周囲を山々に囲まれ、他の民家も少ないせいか。或いは、電波も悪くテレビすらまともに映らないせいか。
部屋は奇異な静寂に包まれている。勿論、サイレンの様に唸る青年の携帯電話の着信音を除いて、であるが。
「あーもうっ! 今度はケータイ!? …… はいっ、もしもし?」
「----------」
「もしも~し。おいおいおい勘弁してよ、こっちもかよ。なんなんだ!」
そんなセリフと共に、感情に任せ携帯の電源を切った青年は、再びの溜息を吐く。
「なにこれ? 呪われてんの? 何かの呪い?」
「ちょっと、怖い事言わないでよ」
「いやだって母さん、今度は友達からの着信だったんだ。でも…」
「やっぱり《無言電話》だったの? 嫌ねぇ。手の込んだ悪戯かしらぁ」
「うーん… 念のため掛け直してみたんだけどさぁ。繋がるは繋がるんだけど、やっぱり向こうの声は聴こえないんだ。電波の影響なのかなぁ」
青年は困惑する。
これは本当にただの悪戯電話なのか? こんなド田舎の一軒家に? そもそも誰が? 一体何のメリットがあって?
「いずれにしても。性質の悪い話、人騒がせで迷惑この上ない話だよ」
「本当ね。今朝は、まるで火山でも噴火したみたいなせわしなさ」
「あのね、母さん。あの山はもう何百年も活動してない休火山でしょ? ってかきっともう死火山だよ。噴火なんてしない。それに、火山の噴火と悪戯電話じゃレベルが違うよ、それこそ世界が違うよ」
「ふふっ、そうね~」
「呑気すぎだっての… そうだ! メールはどうかな。メールだったら送れるかもしれないし、むしろ届いてるかも」
そう独り言のように呟いた青年は、傍らに投げ捨て放置していた携帯電話の電源を再び入れるとともに、メールの受信を確認する。
「! あ、やっぱり来てる。さっきの友達から。どうやらこっちは悪戯じゃ無かったみたいだよ母さん」
「ふーん。そうなの? それで、内容はどうだったの?」
「今開くところ! えーっと、なになに……………………… は?」
メールの文面を読んだ瞬間、総てを悟った青年は、総てを悟ってしまった青年は。その手から携帯電話を力なく滑り落とし、膝から崩れ落ちる。
勿論。彼に、今も尚、膝と言う概念が存在するのならば、の話ではあるが。
そして、異様な静寂に支配された部屋に、再び鳴り響く固定電話の呼び鈴。
「ちょっとぉ、一体どうしたって言うの? もうっ、今度はお母さんが出るわ…… はいはい、○○です」
「-----------」
「んもう。これも無言電話ね」
はぁ。
小さく溜息をついた母親は、横目でちらりと俯いたままの青年の姿を窺う。
あぁ、一体どうしてこうなってしまったのか。
自分と同じく、幽かに揺れる青年の姿が、嫌と言うほどの現実を物語る。
「----------- さん! ○○さん、無事ですか! 一刻も早く非難をしてください! ○○さん!」
とある人里離れた火山の麓の一軒家。
付近一帯に、突如として致死性の高い火山性ガスによる未曾有の災害が発生したのは、本日未明の事。
休、死火山の定義は所詮人間の定めた定義。
人の手に記された歴史に残っていない活動。それ以前の活動。数十万年に一度の活動。
自然に対する人間のスケールによる正確な判断は、困難を極める。
自然の摂理は常に一方通行。
だからこそ。
生者には、死者の声は聴こえない。
そして。
その逆もまた… 然り。
END