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待合室にて

There is no accounting for tastes

― とある待合室にて。


「そうそう。そうなのよねぇ。本当、困っちゃうわよねぇ」

「ええ、本当に。やはり、どこのご家庭も同じなのですね」

「そりゃそうよぉ。どこの家でも苦労はおんなじよぉ」


 その日、一仕事終えたばかりの俺は、人もまばらな待合室のソファーへとくたりと腰掛けた。

 この時の俺はかなーり疲れきっていて。とどのつまり、別段意識してたってわけじゃないんだ。それだけは断言できる。


 だからこそ。

 彼女らの会話が俺の耳に入って来たのは、そう、本当にたまたまの偶然だったんだ。

 

「うちなんてもう、自分勝手でやんちゃで大変なんだからぁ。折角仕立てたお洋服も嫌がる始末だもの」

「我が家の場合は、誰に似たのか最近少し太り気味でして」

「あらまぁ。うちのも好き嫌いが多いからぁ、食事に関しては確かに苦労が多いわねぇ」

「空腹時なら好き嫌いなく何でも食べるかもと思いまして。ダイエットも兼ねて厳しい食事制限もしてみたのですが」

「あら、それじゃ逆効果よ。そうねぇ、お母さんが実際にそれを食べているところを見せてみるのはどうかしら?」

「それは… ちょっと」

「まぁ、実際難しい部分はあるわよねぇ」


 …。

 それぞれのご家庭のお子さんについての愚痴だろうか。

 気持ちは分かるが、仮にもここは公共の場。尽きぬ愚痴の言い合いは、ママ友会の時にでもやって欲しいものである。

 まぁ、立場上そんな事は口が裂けても言えないがね。

 

「そうそう。うちなんて最近ようやくトイレに手が掛からなくなったの」

「それは素晴らしいですね。我が家の場合は、いつまでたっても中々手が離れなくて…」

「あらあら。まだ甘えたい年頃なのよね、きっと。構ってほしいのよ」

「やはり、そうなのでしょうか」

「きっとそう」


 ふむ。これは長くなりそうだな。

 意図的ではないにせよ、このまま聞き耳を立てていても仕方がない、そろそろ戻り…


「躾けが大切よ。ううん、違うわね、躾けって言うよりお仕置き。調教よ、調教!」

「ええ。勿論分かっているつもりなんです」

「相手はこっちの思惑を理解してくれるばかりじゃないわ。言って駄目なら行動で示さなきゃ」

「体に覚えこませるってことでしょうか? それでしたらいつも…」

「うーん。そうねぇ。やっぱりあんまり我儘放題なら、いっそ鎖で繋ぐってのも手よねぇ」

「いえ、それももう既に」

「あら、そうなの?」


 おいおい。

 調教? 鎖?

 過激と言うか、雲行きが怪しくなってきたぞ。


「自分の立場を認識させるためにも、裸で外に放置。これが一番ね。甘やかしちゃ駄目」

「実は、それも何度か実践済みなんです」

「そう。中々手強いわね」


 おいおいおいおいおい!

 ダメだ。これ以上は聞き捨てならない。

 俺の立場上。口を挟まないわけにはいかないぞ。


「すみませんお二方。ちょっとそのお話… 詳しく聞かせていただいてもよろしいですかな? 先ほどの《お子さんのお話》」

「あらやだ、先生ったらぁ。聞いてらしたんですか? お人が悪いわぁ。ええ、順番が来るまでもう暫くかかりそうですし。それは構いませんよぉ。けど、ふふっ」

「? けど?」

「確かに小児科病院でこんな話をしていたあたし達も悪かったですけどぉ、ふふっ。今のは、子供の話じゃなくてぇ… 《ペットの話》だもの。ねぇ? 奥さん」


 ペッ、ト? ペットだって?

 ああ、何だそうか。ペットの話か。確かに言われてみればその通りだ。

 調教。鎖で繋ぐ。裸で外に放置。服を嫌がる。好き嫌い。トイレ。

 紛らわしい表現が多々あったとはいえ、確かにペットの話題だ。俺としたことが、こんな早とちりをしちまうなんて… とんだ職業病だな。

 

 俺が、安堵と聊かの羞恥でだらしなく顔を染めながら呆けていると、そんな俺よりも更に顔を真っ赤に染めたもう一人のご婦人がぼそぼそと、消え入るようなか細い声で、呟く。

 

「…… の話、です」

「? 申し訳ない。良く聞こえなかった。もう一度仰っていただけますか?」

「その、子供でもペットでもなく…… お、《夫の話》です」



『………………』

 


 世界は広い。そう、身につまされた、とある冬の日。


END

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