異世界なんて、糞喰らえッ!
Dragon Sword Online
略してDSO。MMORPGの先駆けで、今尚進化を続ける超大作オンラインゲーム。
▼《REIさんがログインしました》
▼REI:誰かいるか?
▼《KAZさんがログインしました》
▼REI:おう、KAZか。
▼KAZ:やほ。今日も早いっすね。
▼REI:そりゃそうだろ。時間ならありすぎるほどあるからな。
▼KAZ:ヒッキー乙。
▼REI:うっせーw
▼KAZ:相変わらず暇そうっすね。あ、そう言えば知ってます? 面白い噂話なんだけど。
▼REI:何? 言ってみ。ツマンなかったら×ゲームな?
▼KAZ:ハードルあげないでw えっと、ランカーの何人かが行方不明らしいっすよ。
▼REI:メシウマ。部屋で一人寂しくのたれ死んでんじゃね?
▼KAZ:ありそっすね。
▼REI:もしくは、リアルで良いことでもあったんかね。ケッ、卒業じゃね?
▼KAZ:実は、ゲームの世界に迷い込んだ、なんて噂もあったり。
▼REI:ゲーム脳かよ、糞ワロタw 厨二乙w ねーよwwwww
▼《TAKさんがログインしました》
▼REI:……良し、馬鹿話はここまで。狩の時間だ。今日も奴らを血祭りにしてやろうぜ。
▼KAZ:了解っす。行きまっしょい。
▼REI:おっけーw さぁ、ゲームの始まりだぜw
―――この世界には、二種類の人間しかいない。狩る人間と、狩られる人間だ―――
▼???:ハローハロー。聞こえてますか?
俺の意識は、そんなどうしょうも無くスットンキョーで、極めて抑揚の無いどこまでもフラットで冷たい機械音によって呼び起こされた。
頭が割れるように痛い。視界も定まらない。幻聴だって聞こえてる…… ん? 幻聴?
▼???:聞こえていますか? 起きてください。新たなる冒険者さん。
おっけー。やっぱり、これ、幻聴だわ。
つーか、俺、何でこんなところに居るんだ? そもそもここどこよ? 俺、さっきまで何してたっけ?
▼???:もしもーし、聞こえてますかー?
冷静になれ、俺。さっきから幻聴はずっと聞こえ続けているけど、視界は何とかなりそうだ。
俺は、両の眼を何とかめいっぱいに見開き、必死に目の前を、周囲を見回す。
白。白。白。見渡す限り一面の白。
あぁ。駄目だこれ、やっぱり幻覚まで見えちまってるよ。
…。
良し。頭痛も何とかマシになってきた。此処は一つ、落ち着いて現状把握ってやつに努めて見よう。
いつ如何なる時も冷静でいられるのが俺の長所だ。とにかく落ち着こう。
目が覚めたら、何故かひたすらに白くて無機質な部屋の真ん中に居た。
おっけー。意味分からん。
次に自分の五体を確認する。うん。一先ず幻覚と幻聴以外に目立った外傷は無いようだ。
… あん? 服は… 何だこれ。俺、こんな服持ってたっけか? 貧乏っちぃ無地の短パンTシャツ。何の特徴も味気も無いダサい格好。まるで、まるでこれは…。
▼???:聞こえて無いのかな。それとも無視してる? 酷いなぁ。
何も無いだだっぴろい白い部屋。時計もテレビもケータイも無いから今が何時何分か、何月何日かすら分からない。思い出せ、俺。こうなる前は何してた? 確か、いや思い出すまでも無いだろう? そもそも俺は外に出ないんだ。だから、いつだって俺がしている事は…。
▼???:もういいよ。聞いていても、居なくても。勝手に話を進めるからね? ゴホン。ようこそ、ドラゴンソードオンラインの世界へ。
……………… は?
▼???:あなたは選ばれました。あなたは、仮想空間内の異世界へとやってきたのです。その、魂ごと、ね。
あぁ、神様。どうか、神様。俺が素行不良な引き篭もりってのは認めます。悔い改めますんで、この馬鹿げた冗談みたいな酷すぎる現実を何とかしてください。否、こんなの断じて現実じゃない。そうだ、きっと可笑しくなったのは俺の頭の方だ。そうだ。そうに違いない。
いや、それはそれで困るな。この歳でボケちまうには早すぎるってもんだ。
▼???:ここはゲームの世界であり、異世界であり、仮想現実であり、ファンタジーの世界です。やったね!
「良くねぇよ!!!」
▼???:おっ、やっと喋ってくれましたね。
「はぁ? 異世界? ゲーム? 仮想現実? お前、ゲームのし過ぎじゃねーか?」
▼???:おやおや。あなたがそれを言いますか? REIさん。
「え!? おま、なんで、それ」
REI。そのハンドルネームを聴いた瞬間、俺は、全身に電流が走るのを感じた。REI。それは、紛れも無く俺がネットゲーム、ドラゴンソードオンラインで使用していたハンドルネームだった。そして何より、この白い部屋。これは、ドラゴンソードオンライン(略してDSO)のゲームにおいて、プレイヤーがキャラクターを作成し、チュートリアルのために始めて訪れる部屋にそっくりだったのだ。ご丁寧にも、この服装も、いわゆる初期装備って奴に相違なく。
俺は、今更ながら、自分自身が置かれてしまった状況という奴を理解していった。否、理解させられてしまっていた。
「ほ、本当に、ここ、は。ゲームの世界、なのか?」
▼???:はい。そうですよぉ。と言っても仮想現実というやつですがね。
どこから聞こえてくるのか。その無機質でどこまでもスットンキョーな声は、白い部屋に響き渡る。
「それにしちゃ、やけにリアルというか、リアルすぎるというか」
▼???:それはそうですよ。仮想現実ですから。このゲーム内で一度でも死ねば、現実世界のあなたも死にます。
……………ん? あれ? 今、さらっととんでもないこと言わなかったか? こいつ。
「す、すまん。まだ頭がはっきりしてないんだ。もう一度、今のセリフ喋ってくれないか?」
▼???:バックログですね。ではもう一度。このゲーム内で一度でも死ねば、現実世界のあなたも死にます。
「オーマイガッ!!」
▼???:素晴らしいセリフですね。存外お元気な様子ですので、展開を先に進めさせていただきます。
「オーマイガアアアア!!?」
▼???:良く聞いてくださいね。REIさんもご存知の通り、DSOは、何でもありのファンタジー世界です。その名の通り、ドラゴンを討伐するもよし、レアアイテムの探索をするも良し。PKに心血を注ぎこむも良し。ね?
「ね? じゃないんだが。いや、もういい。そんなことはどうでもいい。ここがどこだろうといい。百歩譲ってゲームの世界だろうが異世界だろうが、構わない。それで、どうやったら俺は、現実世界に戻れる?」
▼???:何です藪から棒に。REIさんは現実世界に戻りたいんですか?
「当たり前だろ! こんなわけのわからないところ。一秒だって居てたまるかよ!!」
▼???:引き篭もりで、素行不良な親不孝者。佐伯零。あなたは、本当に元の世界に戻りたいんですか? 惨めで、ネトゲ以外には何も無い。社会から早々にドロップアウトした、あなたが?
こいつは、俺を、知っているのか?
つまり、誰でも良かったわけじゃないんだ。俺だから、ここに、連れてこられたんだ…。
俺は、拉致られたのか?
「何で俺何だ? 俺が何をした? 俺は実験台か何かか?」
▼???:…。さぁ? どうしてでしょうね。ただ、REIさんはこのゲームに精通している。それが一因であるのは確かですね。
「どうしたら、帰れる? 頼む。教えてくれ」
▼???:おやおや。急に塩らしくなってしまいましたね。まぁ、いいでしょう。そうですね。あなたの言葉を借りるなら、言わばこれは実験です。一定の功績を残してもらえれば、帰還できる日も訪れるかもしれません。あぁ、因みにですが、仮想現実とは言うものの、あなた以外はNPCですので。協力して脱出の手口を探ろう何てマネは出来ませんので、ご了承を。
あー、そうですか。そいつは糞ご丁寧に説明していただいてありがとうございますね。先手を打たれた想いだよ。
…。
さて。
いつまでも、こんな何もない部屋の真ん中で座ってても仕方が無い。功績を残せってのなら話は早い。こいつは俺を舐めてる。奴自身も言っていたように、仮にも俺はこのDSOをやりこんでる。所謂トップランカーってやつだ。まぁ、勿論ネット上での話だが。そのゲームがこの世界の舞台なんだとすれば、その知識や経験を使えば、こんなところとっとと出て行けるはずだ。
俺様を舐めんなよ!
「上等だ。やってやろうじゃねーか」
▼???:またまた素晴らしいセリフですね。では、展開を先に進めましょう。そうですね、トップランカーであらせられるREIさんには今更チュートリアルは不要でしょう。スキップしましょう。REIさんも、早くこんなチュートリアル部屋からは出て行きたいでしょうし。
そんなセリフの直後、俺の背後の壁がすっと、音も無く開いた。どうやら隠し扉になっていたらしい。ああ、思い出してきた。そういやゲーム内でもこんな感じだったか。
扉の前まで行くと、その奥にまた扉がある。二十扉ってやつか。そして何より、その扉の前に立てかけてあるものが俺の目を惹き付ける。そう、それは…。
▼???:初期装備の剣です。ただの剣。何の効果もないただの剣。手にとってみてください。重いでしょ? ただし、切れ味は保障しますよ。
仮想現実。手にした剣は、確かに本物の剣のように見えた。ずっしり重く、鈍く輝く。何の装飾も無い平凡な剣。最も、本物の剣なんて、現実世界でも持った事が無いからわからねーが。まぁ、幸いゲーム内で俺のキャラクターは長剣使いだった。そう言った意味では、使い慣れている得物と言えるのだろう。
▼???:REIさんも覚えてらっしゃるかもしれませんが。チュートリアルの最後は対人戦です。その剣で部屋の奥のNPCを倒していただければ、晴れてチュートリアル部屋から卒業。本当のドラゴンソードオンラインの世界があなたを待っています。さぁ、覚悟はよろしいですか?
実際、よろしいも糞も無い。
昨日まで引き篭もり人生を送っていて。
ひたすら部屋でネトゲ、ドラゴンソードオンラインにあけくれて。
気が付けばいい歳になっていて。
でもどうしょうもなくて。
このフラストレーションをゲームにぶつけるしかなくて。
ああ、これは天罰か何かか?
▼???:では、扉を開けます。奥に進んで… 終わりにしましょう。
俺は、そんな言葉に促されるまま、白の部屋を進み、その二重扉の奥、その奥の部屋へと進む。
辿りついた先。
そこも白の部屋。先ほど俺が居た部屋よりも広く。やはり何も無い。ただし、目の前には俺と同じ、短パンTシャツで剣を持った初期装備男NPCだけが、忽然と立っている。立ち尽くしている。年の頃は俺より下に見える。みるからに貧相で、いかにもな雑魚NPC。
当然だが、俺たちに会話は無く。ひたすらに、睨み合いが続く。
ネトゲならワンクリック。だるいチュートリアルの最後の仕上げ。
けど、仮想現実ではそうはいかない。
この剣で、この腕で、奴を叩き斬らなきゃならない。
ゲームと現実は違う。仮想とは言え現実だ。
現実。現実。現実。俺は… 本当に、本当に現実に帰りたいのか?
このまま、この仮想現実って奴に身をうずめて、この良く知る世界で生きていくってのもありじゃねーのか?
… いや。違うだろ。駄目だろ、俺。そうじゃねーだろ、俺。
現金な話っつーか、なんつーか。まぁ、人間、こんな事態になってみねーと、自分の姿って奴を省みることが出来ねー生き物なんだよな。
俺が急にいなくなって、家族の皆は心配してるかな。
してるわけねーよなぁ。
だいたい俺、部屋からでねーもんなぁ。
なんか、ごめんな。かーちゃん。
《俺、ここから帰ったら、今度こそ真面目に働くよ!!!》
さて。死亡フラグも立ったところで、俺は改めて剣を握り直した。
目の前で同じく立ち尽くすNPCを見据え。大きく、深く、深呼吸をした後。
走る。
一気に奴の前まで詰め寄り。
構えた剣を迷い無く。そうだ。迷い無く、奴のどてっぱらに、突き刺した。
俺のゲーム内での得意技、俺の対人戦での得意技、串刺し切り。
瞬間。
白の部屋に真っ赤な、紅の華が咲いた。
血潮。血飛沫。
血糊とは違う、映画とは違う。正真正銘の漂う死の匂い。血の匂い。
ゲームとは違う。リアルな感触。体にこびり付く死の感覚。殺人の感覚。
まっすぐに俺を見つめるNPCの瞳。
絶望の色がその顔を包み込んでいるのが良く分かる。口からは血を吐き、小刻みに震えながら、腹の真ん中からドス黒い血を噴出しながら、その場に倒れ、血の海を形成しながらも… 次第に冷たく、そして動かなくなる。魂の抜け殻。残骸。
「…… はぁ、はぁ、糞ッ。これで、これで満足かぁ! 糞野朗!!!」
▼???:あーあ。あーあですよ。
「あん? なんだよ、つーか、幾ら仮想現実とはいえ、こんな風に血飛沫までリアルにするこたぁねーだろうがよ。悪趣味にもほどがあるぜ」
一瞬の静寂。
俺のそんな言葉から数刻を置いた後、奴は……
▼???:………… ぷっ。くっくっ。くぁっはっはっはっはっはっはっはwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
天井越しに聞こえてくる奴の、その声色が変わった?
俺は、未だに血潮の滴る重たい剣をぞんざいに投げ捨て、叫ぶ。
「おい、どういうことだよ! チュートリアルは終わりなんだろ? ドラゴンソードオンラインの世界が始まるんだろ?」
▼???:あーあ。まだ言ってるよ。ミルニタエナイ。キクニタエナイ。人間の屑。犯罪者の戯言だよね。
▼???:仮想現実? ゲームの世界? ドラゴンソードオンラインの世界? 馬鹿じゃないの? これは、《現実》だよ? 紛れも無い現実だよ? どうにもならないくらいの、ただの現実世界だよ? ゲームの世界に入り込んだ? ねぇ、ちょっと君、それってゲームのしすぎじゃないの? ゲーム脳ってやつかな? あっはっはっはっはwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
▼???:そうだよね。REI。君は、このネトゲを誰よりも知り尽くしているトップランカーだもんね。でもね、REI。このゲームがすきなのは、君だけじゃないんだよ? トップランカーなら、何をやってもいいって訳じゃないんだよ?
「お、お、おい、嘘だ。やめろ。駄目だ。おま、おまえは、誰だ? 誰なんだよ? ここは、どこなんだよおおおおおおおおお!?」
▼TAK:ボクの名前はTAK。ああ、勿論ゲーム内でのハンドルネームさ。ふふっ。ち・な・み・に。君が今、刺し殺してくれたソイツ。そのNPC。おっとっと。ボクとした事がごめんねぇ。うっかりしてた。本当はさ、その人、NPCじゃないんだよねぇ。名前はさKAZ。勿論ハンドルネーム。君の相棒だよ。君がいつも一緒にプレイしてる君の… PK仲間。その人にはね、君とまったく同じ状況を同時に体験してもらっていたんだよ。この意味、分かる?
KAZ?
俺の相棒。
ドラゴンソードオンライン。ネトゲ内での、俺の相棒。
プレイヤーキラー仲間。
俺は。俺は。俺は。俺h。おれh。この手で。この、剣で、KAZを? KA 俺が OREGA?
俺が? 俺が殺した? 俺が? このオレが? 殺人? 本物の、人を? オレが? 俺g? おr?
▼TAK:井の中の蛙、大海を知らず。君以上にこのゲームに御執心で、君以上にホリックで、君以上に現実世界での力がある。これだけの舞台を整えられる力、金がある。君は… 運が無かったね。いや、日頃の行いが悪かったと言うべきか。だってボクは、君を更正させようとか。君を社会復帰させようとか。そんなつもりはいっっっっっっちミクロンもないんだからね。プレイヤーキラーが本当に人を殺っちゃった。ウケるよねw
目の前が、真っ暗になった。
膝を突いて、既に冷たくなった彼の隣で項垂れる。
奴が、何を言っているのか、もはや何も理解できない。
▼TAK:君達はあの日、ボクのキャラクターをPKした。たったそれだけ。けど、それが総てだ。理由なんて、いつだってそんな単純なものでしょ? プレイヤーキラーREIこと、殺人者佐伯零さん? おっと。モニタリングもここまでかな。そろそろ、警察が来る時間みたいだし。ふふっ、じゃ、新しい異世界を堪能してねw 案外、君のヒッキーも更正されるかもよw このご時世、刑務所ダイエット、何て言葉も在る位だし。それじゃーね♪
ノシ
けたたましく鳴り響き、徐々に近づくサイレンの音。
灯りが落され、真っ暗になった白の部屋。
隙間風が入ってくる。ここは、どこかの倉庫か何かだろうか?
異世界。ネトゲ。ゲームの世界。現実。
血溜まりの中の彼と、残された俺。
―――この世界には、二種類の人間しかいない。狩る人間と、狩られる人間だ―――
ああ、糞ッ。異世界なんて…… 糞喰らえッ。
END






