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金星物語  作者: 近野梨華
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9 ファイン

 その日、金星はとても騒がしかった。


 城下町では人がごった返し、城の中では料理やケーキの良い匂いが充満し、大量の音楽で人の声も通らない。


 そしてリルカは落ち着きなく廊下を行ったり来たりし、フリーは珍しく仕事をしていた。


 それもこれもある一大イベントのせい。


「フリー! お兄様はまだ帰ってこられないの!」


 廊下ですれ違ったフリーに怒鳴りつけるような声で聞く。


「まだなんだよ~。戻ってきたらすぐに知らせるように言ってあるんだよ~」


 フリーは廊下を走りながら叫ぶ(言うまでもなく格好はピエロだ)。


 そう。今日は一年に一度のイベント、リルカの兄でありカレンの婚約者であるファイン・アプロディテが帰ってくる日なのだ。


 リルカとファインの両親、前大王は五年ほど前に亡くなった。その際、普通なら兄であるファインが王位を継ぐはずだったのだが、ファインは王位を妹のリルカに譲り、自分は旅に出て帰ってこなくなってしまったのだ。


 それからファインは一年に一度だけ金星に帰ってきている。臣下やリルカ、国民にまで慕われているファインを迎えるための習慣がつくまでに時間はかからなかった、というわけである。


 と、廊下を走ってくる親衛隊員の姿が二人の目に入る。


「隊長! ファイン様がお帰りになりました!」


「だってよ~リルカちゃん――って、リルカちゃんはどこに行ったのかな~?」


「陛下なら私が見えた途端、どこかに走って行かれましたが……」


「まったく~、リルカちゃんはせっかちなんだよ~」


 兵士は一瞬なんのことか分からなかったがフリーの表情を見て納得した。


 聞いただけなら怒っているように思えるフリーの言葉。しかし、目の前で表情を見ていた親衛隊員はフリーの頬が緩んでいることを見逃さなかった。



     ***



 自分がいないところでそんな会話がなされているとも知らずに、リルカは城門に走っていた。そしてたどり着いたそこで良く見知った人影を認めた途端、驚異のジャンプ力を見せた。


「兄様!」


「おおっとリルカ。元気にしていたかい?」


 猛牛のごとく走ってきたリルカに抱きつかれたファインは、体制を立て直しつつリルカの頭に手の平を乗せた。怪獣(リルカ)をなだめるのに最適な行動だとファインは知っているからだ。


「もちろん元気にしていました。兄様こそ、長旅お疲れ様でした」


 のだが、リルカがファインから少し離れ丁寧にお辞儀をしたため、その手が宙をつかむ。


「僕は良いんだよ、好きでやっていることだからね。それより僕がいないことで可愛い妹に負担をかけてはいないか、とても心配なんだ」


 それをごまかすのに甘い言葉をかけたのだが……


「兄様……」


 想像以上の効き目を見せたようで、その証拠にリルカは頬を赤く染め俯いてしまった。


 本人は隠しているつもりらしいが、周りにはバレバレだということをリルカは知らない。


 と、ここまで話したところでファイン専属の執事――ファインが留守の間はリルカの執事――が来てファインにシャワーを勧める。


 帰ってきたばかりのファインはお世辞にも綺麗だと言える服装ではなかったので、パーティ仕様に替えてこなければならない。


「だってさリルカ。僕は一回部屋に行くからパーティの準備をしておいてくれるかな? いつも手伝えなくてごめんね」


「構いません。王は私です。パーティの準備くらい出来なくてどうします」


 申し訳なさそうな表情を浮かべるファインにリルカは胸を張って答える。えっへん、と擬音がついてもおかしくない勢いだ。


「はは。そう言ってくれると僕もありがたいよ。じゃあ後でね」


「あ、兄様……」


 部屋に行こう歩き出したファインをリルカは小さな声で呼び止める。なぜ小さな声なのかというと呼び止めたら悪いと思っていたからだろう。


 騒がしい城の中で通る声量だとは思えなかったが、ファインはリルカを振り返る。


「旅の話しかな? 接客が終わったらしてあげるよ」


 そしてリルカの言おうとしたことを正確に読み取った。


 ファインは軽く手を振り、執事に連れられて行く。


「はい」


 リルカは、そんな兄を今度は呼び止めずに笑顔で見送った。


 だから、ファインが廊下を曲がり姿が見えなくなった後、リルカがさっきとは一転して困惑した表情になったことを知る人はいなかった。

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