8 冥王星との因縁
「冥王星って……」
リルカが驚くのも無理はない。
冥王星。以前は同盟星に加入していた星だ。
同盟を結ぶにあたって星同士で条約を定めていることは想像できると思うが、冥王星はそれを破る行為をいくつもしたのだ。
人体に多大な影響を及ぼす薬物を売買したり、同盟星に許可を得ずに戦争を起こしたりと目に余る悪事をした。普通ならそんなことをしたら同盟は破棄されるものだが、冥王星は敵に回したら恐ろしい軍事力を備えていた。
基本的に冥王星は自身の星のことを他に話すことをしないので、その力がどれ程のものか分からず、同盟から追放する時間を遅くしてしまった。そのことで冥王星の力を増やしているとは露にも思わずに。
結果的に同盟星――というより金星の――勝利に終わった冥王星追放戦争。冥王星はもちろん、金星もこの戦争で大きな被害を受けた。兵士を何百人も失い、戦艦もいくつも失った。
冥王星は追放戦争を仕掛けられることを分かったうえで悪事を働いていた。自分たちが軍事力を秘密にしているから戦争が遅れることも計算し、その間に武器を増やしていたのだ。金星も恐れるほどの軍事力。それをさらに拡大させるために。
その戦争により冥王星は同盟星から追放されることになり、今に至るというわけだ。
「でも、いくら冥王星との因縁があるって言ってもその情報は話しを大きくし過ぎだわ。金星もあのときより力も大きくなっているし……」
「でも冥王星の成長も分からないだろ」
その言葉にぐっと詰まるリルカ。同盟星だったときも不気味な星だったのに、さらに恐ろしい星になってしまった。
「まあ、そういう話がでるくらいだ。火の無いところに煙は立たないって言うし、油断は禁物という話だ」
カレンは息を吐きながら椅子に深く腰掛ける。
と、そこでようやく自分たちがまだ厨房にいたことに気が付いた。
「なあ、そろそろ場所を移動しないか? 椅子が固くて座りずらい」
「確かにそうね」
リルカは手で膝を押し、勢いよく立ち上がった。
「私の部屋に案内するわ。続きは歩きながらにしましょう」
カレンは頷き、リルカに倣い立ち上がる。厨房の扉を開け、歩き出すと外にいた兵士やメイドが腰を折りながらついてくる。
「あなたたち、その体制だと疲れるでしょ。普通に歩いてちょうだい」
「しかし……」
「はい、口答えしない」
兵士たちは互いに顔を見合わせ、しぶしぶのていで体をあげる。
「……今度、私の前で腰折るの禁止令でも作ろうかしら」
「やめておけ。逆に部下のストレスになる。好きでやってるんだからな」
そこから暫く沈黙が続いたが、カレンが口を開いた。
「ああ、そうそう」
手を叩き、さも今思い出したように振る舞っているが、残念ながらカレンは演技が上手い方ではない。きっとわざわざ金星まで来た理由はこれを言うためなのだろう。
「何?」
そのことに気づかないふりをしてカレンを見るが、当の本人は理解してるのかしてないのか分からないような表情で、
「金星の通信機をいくつか譲ってくれないか」
とても意外な事を言ってきた。
「通信機? またどうして?」
「絶対に悪いことには使わないから、何も聞かずにもらえないか」
「まあ、カレンが悪いことに使わないことくらい知ってるからいいけど……」
「頼む。金星の通信機はどこの星のよりも性能が良いからな」
そう言ってカレンが頭を下げる。立ち止まって頭を下げるカレンを見てもう自分の部屋の前に着いていることに気づくリルカ。
「いいって。頭なんか下げないでちょうだい。こっちだって水星に色々してもらってるんだから」
リルカは右手でドアを押してあけ、自分の体で閉じないようにしてカレンを自室へ迎え入れる。目線で兵士たちに入らないように言ってドアを閉めた。
リルカの部屋は奥の方に庶務机があり、その手前に広いソファーが向かい合うようにおいてある。ソファーの間にはガラスで出来たテーブルがあり、ガラスは美しく磨かれている。庶務机の奥には窓があり、電気を付けなくても問題ないほどの光が部屋に差し込まれていた。
「水星が金星に? 何かしたか?」
当たり前のようにそこにあるソファーに腰掛けるカレン。それを特に咎めることなくリルカも向かいに腰掛ける。
「いつも美味しい野菜をくれるじゃない。農作物に関しては水星が同盟星NO.1でしょ」
座ったのに反応して人型給仕ロボットが紅茶を運んでくる。普段、リルカは自分で料理をするが、客人が来ているときは例外だ。
二人は紅茶を口に含み一息つく。
「この紅茶はどこの星のだ? これは水星産じゃないだろ?」
「それは地球のものよ。結構おいしいでしょ」
「ああ」
しばらく無言の時間が続く。と、
「そういえばリルカ、水星で新商品を作ったんだが食べてみるか?」
紅茶を飲みきったカレンが急に話し始める。リルカは飲み途中のカップをテーブルに置き、両手の指を絡ませた上にあごを乗せた。
「新商品? どんなのよ?」
ビシっという擬音がつきそうな勢いで、
「名付けて『筋肉増強ニンジン』だ」
「絶対にいらないわ」
リルカは考える。カレンのことだ、食べたら筋肉が異常に発達して戻らなくなるニンジンなのだろうと。
「あと『触るとドンドン玉ねぎ』も作ったんだ。こっちも意外と美味しいからリルカは食べた方が良い」
「それ、食べたら死ぬでしょ?」
「そんなことはない。食べた後にお腹の中で爆発するだけだ。少なくとも私は食べたことはないがな」
「確実に死ぬわね」
――カレンは人の命をなんだと思っているんだろう?
「玉ねぎ、貴女が見本を見せてくれるなら食べてもいいわよ」
「何を言っているんだ? あれはリルカのために特別に作らせた玉ねぎだ。私の分などあるわけがないじゃないか、あんな危険なもの」
「ならもっとカレンが食べなさい!」
「いいや、リルカが食べろ!」
この後、リルカの部屋が酷いことになったのは言うまでもない。