6 カレン
「なんですって? 今何て言ったの?」
「ですから水星の女王様がいらっ「厨房はどこ?」しゃり、陛下にお目通り「ぎゃ――――――!」したいとおっしゃっていますって向こうから悲鳴が!」
「あの馬鹿を取り押さえて! 今すぐに!」
***
「うううぅぅぅ……」
厨房の隅で腕を縛られて両膝を抱えて泣いているのは水星の女王――カレン・ヘルメスだ。腕を縛っているのは金星製の縄で三トンの力を加えても千切れない代物だ。
ちなみにリルカとカレンは先代の王からの付き合いで、俗に言う幼馴染というやつだから拘束しても国際問題(国じゃないけど)にはならない。
カレンは、水色のタンクトップに紺のジーンズを履き、黄色のショールを肩にかけるという変わった格好をしている。靴はスニーカーのようだ。
髪を伸ばしているリルカとは対照的に、群青色の髪をショートカットにしていて、瞳は髪と同じ透き通った青。
髪と瞳の色は住んでいる星によって違ってくる。例えば、金星出身者は金色だし水星は群青色、火星は赤といった具合だ。違う星の出身者同士の子供――俗にいうハーフは別だが基本的にそうなっている。
出身地をごまかす必要がある場合は髪を染めたりカラーコンタクトをはめたりするのだが、地の色素がとても濃いためごまかすことは出来ても別の星の生まれのようにすることは出来ない。たいていの場合は絵の具の要領で色を混ぜ、出身地を分からなくする方法をとる。
しかし今はお互いに顔も割れているし全く隠す必要がないのでカモフラージュはしていないが。髪の毛は染めると痛んでしまうので、よっぽどのことがない限りは隠したりはしない。
だから後ろから見るカレンの髪は綺麗な群青色で、今はその髪を小刻みに震わせている。
仮にも一星の王が他人に見せる姿ではないが、きっと自分に捕まったのがショックなのだろうと、リルカは少し怒っている風を装ってあやすことに決めた。
「カレンあんたね、幼馴染の仲だとは言っても違う星に来ているんだから、まずは女王の私に挨拶をするのが礼儀ってものでしょ?」
「ううぅぅぅ……」
「親しき仲にも礼儀ありって言うじゃない? それにあなたは王なのよ」
「ううぅぅぅ……」
「だから次回からは私にきちんと挨」
「ううぅぅぅ……ニンジン」
「人の話はきちんと聞きなさーい!!!」
壁がビリビリと音をたてる。
大声を出したことによる息切れを整えつつ自分の境遇を嘆くリルカ。
「フリーといいカレンといい……どうして私の周りには人の話しを聞かないのばかりが集まるのよ……」
「それはそうともリルカ。私は遊びに来たわけじゃないんだ。早く本題に入ろう」
「誰のせいで話しがややこしくなってると思っているの!」
いったいどうやって縄を解いたのか、カレンはスクッと立ち上がり指を顔の前で振っている。小さな声でチッチッと言っているのも癇に障る。
自分が短気だと自覚しているリルカは、さっきの会談で失敗したことを繰り返さないためにカレンの動きを意識の外に放り出した。
「……じゃあ何しに来たの?」
ため息をつきながら自分の分だけ椅子を出して座る。私の分も出してくれたっていいじゃないか、と呟きながらカレンもどこからか出してきた椅子に座る。
「リルカ、ため息ばかりついていると幸せが逃げていくぞ」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
思わず立ち上がってしまうがカレンはどこ吹く風だ。
「で、もう一回聞くけど何の用で金星まで来たわけ?」
これ以上言っても無駄だと判断すると、リルカは再び椅子に座り頬杖をつく。しかしカレンは、今までの明るい様子とは打って変わって苦虫を噛んだような顔をした。
カレンのテンションの落差が激しいのはいつものことだがこんな顔をするのは珍しい。ずいぶん昔にいたずらがばれてしまったとき以来かもしれない。ということはかなり重要な話しなのではないのだろうか。
ついていた頬杖をやめ、手を膝の上に乗せて聞く体制にはいった。
「実はな……」
「うん」
「ニンジンを一週間ほど食べていないんだ」
「うん…………………………………………は?」
「あ、いや、ニンジンを食べてないのは本当だが今話したいのはそれじゃなくて、」
「手をわなわなさせなくていいから続きを話して」
「はいごめんなさい」
カレンは有無を言わせず頷かされる。
「実はな……」
「うん」
「ニンジンを」
「カレン」
「はい」
カレンがどんよりとした空気を背負い、話す気力が失われてしまったようなので、リルカはどこから取り出したのかニンジン与える。カレンは満面の笑みを浮かべてニンジンを頬張る。
「本当に食べてなかったの?」
「ああ。うちの星のやつらが『これ以上陛下にニンジンを与えると星民がニンジンを食べられません!』と叫んでな。リルカからも何か言ってくれないか?」
「ごめんカレン、私からは何も言えないわ。あえて言うなら自業自得ね」
「何でだ!」
「というか本気で本題に入ってくれる?」
「なんだよ、少しくらい話しを聞いてくれてもいいじゃないか……」
暫くぶつぶつと文句を並べていたのだが、だんだん本題を話す気になったのかおとなしくなってくるカレン。気が付くと難しい顔をしたカレンがリルカの目の前にいた。
何だかカレンが遠くに行ってしまいそうな気がして、慌てて話の催促をしようと口を開き、
「……火星と戦争をしたらしいな」