5 会談
「くそっ!」
リルカは執務室で座りながら自分の机を思いきり叩いた。自分の手に反動が返ってきているはずだが、気づかないほど気持ちが高ぶっているのだ。
火星との戦争、結果的に金星の勝ちだったものの戦艦を一つ沈ませてしまった。
それに、大切な部下まで失ってしまった。
戦艦はまた造ることができても、一度なくした人を取り戻すことはできない。
リルカの中で『幽霊船』に乗っていた部下たちの顔が浮かんでは消えていく。
自分を落ち着かせようと胸に手を当て深呼吸を繰り返す。しかし気持ちの高ぶりは抑えられたものの、今度は沈んでしまった。
リルカは思わずため息をこぼし、机に突っ伏した。
王が戦争をするたびに精神的に参っていてはいけないとは思い、いつもなら気丈に振る舞うのだが、今回は敵が悪かった。
木星や土星など、同盟星それぞれの王が、追い打ちをかけるように会談を求めてきたのだ。同盟とまったく関係のない星と戦争をしたのなら何も言われないのだが、相手が火星だったことで他の星を刺激してしまったのだ。
リルカは会談を思い出し、再び溜息を零した。
***
会談といっても実際に本人がその場へ行くわけではなく、向かうのは意識のみだ。
今回の場合、架空の会議室に同盟星の王が立体映像としてその場に現れ、まるでそこに本当にいるかのように会議をする。
リルカが持っているそれは金属製のブレスレットのようなもので、スイッチを入れると目の前に半透明の画面を展開させる仕様になっている。電話、メール、インターネットと様々なことをすることが可能だ。こういった通信機器を総称して端末という。
話しを戻し、仕組みを説明する。
まず各自が持っている端末でアバターを作る。このときアバターは本来の姿と違うものでも構わないことになっている。これは、ネットを経由している以上、他星にハッキングされる可能性があるため、リスクを減らすための措置だ。同盟星の王は年に一度、生身で会談をするため違う姿だとしても問題ない。
次に代表一人がネット上に部屋を作る。これは大抵が金星の仕事になっていて、使い終わった部屋は削除しておくことがマナーとなっている。
最後に意識を部屋に送り込む方法だ。これはいたってシンプルで、端末の一部を頭に触れさせるだけ。リルカの場合はベッドに寝転がり左手にある端末をおでこの位置で触れさせることになり、周りから見たら眠っているように見える。意識がネットの世界に沈むと、一瞬宇宙空間にいるような景色に包まれ、設定してあった部屋に送り込まれる。
このようにすることにより移動のコストや時間を大はばに削減することができるというわけだ。
今回この会談に参加している星は火星以外の全ての同盟星――ではない。副リーダーの水星が参加していない。
この会はあくまで非公式的なものだし、水星が必ず参加する義務もないのだが……リルカはこれが意図的に仕組まれたものだと直感的に悟った。
「みなさん揃ったようですので話をさせて貰ってもよろしいかな」
一番初めに口を開いたのは木星の王、ヨーハン・ゼウス。同盟星の王の中で最も長寿な男である。
[太陽系惑星]のリーダーは今、表側では金星の王――リルカになっているが、裏で指揮をとっているのはヨーハンだ。その証拠に水星以外は木星のいう事しか聴かない。リルカが言ったことも木星が頷かない限りは他の星は全く動かないのだ。
だからこういうとき――特に水星がいないときは、リルカはヨーハンのペースにのるしかない。
ヨーハンは立ち上がりながら先を続けた。
「みなさん知っての通り、つい昨日、この同盟の中で裏切り者が出ましたな。それも我らが金星に向けて戦争を仕掛けるという最悪の形で」
ヨーハンはわざとらしくリルカを見ながら話し、その言葉に皆はうなずきあう。
「金星にとってこれは全くの不意打ち、そうですな?」
ヨーハンは体をリルカの方へ向けた。リルカは憎々しげな表情でうなずく。
ヨーハンに対してではない。何をこの後言われるのか、簡単に想像できてしまう自分に嫌気がさしたのだ。
「しかし、[太陽系惑星]で最弱の星に、最強な星が一時は敗北寸まで追い込まれたというのは少し聞き捨てならないことですな」
ヨーハンは皮肉をたっぷり込めた目でリルカを見る。それにならって他の王もリルカを見る。
リルカは舌打ちを飲み込んだ自分を褒めた。
「少し、話してもいいかしら?」
しかし苛立ちは人の判断力を鈍らせる。苛立ちが募っていくごとに冷静に考えることができなくなっていく。
「さっきから話に出てきている火星だけど、何が起こったかまでは分からないけどすごく強くなっていたのよ。油断していた私も悪いけど……」
「聞きましたかみなさん!」
ヨーハンがリルカの言葉を遮った。
「金星の王たる人が言い訳を始めましたよ!」
リルカはこのとき始めてしまったと思った。ヨーハンがあまりにもわざとらしく同盟星の王と連携していたのは、苛立たせて自分の判断力を鈍らせるためだったのだ。この場合、何も言わずに会談を終わらせる方が得策だったにも関わらず、余計なことを口走ってしまった。
ヨーハンは最初から金星の威厳を地に落とすつもりだったのだ。
しかし時すでに遅し。
「本当だ。[太陽系惑星]のリーダーたる人が、まさか言い訳を言うとは」
「父親とは違い、器の小さきことよ」
「まったく、小娘にはその役は大きすぎるのではないか?」
王たちは待ってましたとばかりにリルカを責めたてはじめた。
彼らにとって火星とは、ただ金星を堕とすための口実に過ぎないのだ。火星が強くなろうが、金星が負けようががどうでも良かったのだ。
リルカは悟られぬよう、静かに唇を噛みしめた。
「まあまあ皆さん、そんなに責めないであげて下さい。リルカ殿は王になって日が浅い。じきに、皆さんと歩みをともにして下さることでしょう」
その場を収めたのがヨーハンだと言うのは皮肉以外の何でもないだろう。
***
会談について思い出すと涙がこみ上げてくる。自分の不甲斐なさが悔しい。
しかし、時間は待っていてはくれない。
「陛下!」
一人の兵士がリルカの執務室へ駆け込んでくる。
「何事?」
リルカは立ち上がりながら気を引き締める。いつまでもくよくよしていたら国民にまで見放されてしまう。他の王にどう思われても構わないが、国民に見放されてしまったら……考えるだけでも恐ろしい。
「それが……」
口ごもる兵士。
「どうしたの?」
リルカが優しく問いかけると、
「水星の女王陛下がお見えになっています」
「ふーん、水星の女王ね」
リルカは一拍置いた後、
「なんですって?」
声を裏返した。