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唐揚げと油揚げ

作者: 垜 晃

 時は平成、場所は某県某市。

 過疎も過密も免れたこの町とて、近代化の波には抗えない。

 木々は伐採され、河川は埋め立てられ、この町に昔から変わらず残っているものなんて、数える程しかない。

 まぁ、裏を返せば変わらないものも少々残されているのだけど。

 此処、寿町の寿稲荷もその一つ。

 十階以上の背が高いビルとビルの間に挟まれて、境内の僅かなご神木と一緒にこの町が変わってゆく様を眺めてきた。

 と、言えば聞こえが良いが……


「実際には過去の遺物だよな」

 俺は誰に言うでもなく呟いた。

 真昼間のこの時間、神主も常駐していない神社に毎日来る酔狂な人間なんて俺くらいだ。


「言うに事欠いて遺物!?無礼が過ぎるわよ!」

 しかし俺の独言に甲高い声が噛みついてくる。

 上を見上げると、緋袴に千早を纏ったヒトガタが本殿の屋根にちょこん、と腰かけていた。

 ソレは「よっ」と屋根から飛び下りると、軽やかに着地して俺に詰め寄ってきた。


 ヒトガタ、ではあるものの、着物から出る手や顔は純白の毛で覆われている。

 目尻と口元に紅の化粧、頭はヒトが想像する所の狐によく似ている。

「アンタ、神位正一位のウチにケチつけようっての!?」

 寿稲荷神社の神使、白狐の白妙しろたえは不機嫌そうに唸った。

「正一位って、伏見稲荷の分社は全部そうだろ」

 神位は神に与えられる。稲荷神社の祭神は正一位の倉稲霊うかのみたまで、倉稲霊から勧請を受けた全国津々浦々の稲荷神社は全部正一位だ。

「またそーいうこと言う!最近のニンゲンは信心が足りないわ!」

 フン!と白妙がそっぽを向く。

 流石は三千年生きた神にも迫る空狐様。気位が高くて正直めんどくさい。

「あ、アンタ今私の悪口考えたでしょ?」

 そして妙に鋭い。

「よく分かったな。亀の甲より歳の功ってか?」

 悔しいからちょっとからかってやる。

「年寄扱いするんじゃない!ちょっとは年長者を労わりなさいよ!」

 どっちだ。

 だが、そうだな。あんまりからかうのも可哀相だ。それに、性格はアレだがその神通力は本物である。本当に機嫌を損ねて祟られたら敵わない。

「まぁ、機嫌直せって。ほら、三丁目の肉屋の唐揚げ」

 鞄からまだ温かい唐揚げを取り出す。揚げ物特有の香ばしい匂いが辺りに広がる。これも一応お供え物の範疇に入るのだろうか…?

「わ、私はモノで釣られるような安い女じゃないわよっ!」

 そうは言うものの声が裏返っている。鼻もひくひくと匂いを嗅いでいる。尻尾があったら多分はちきれんばかりに振っているだらう。余談だが、空狐に尻尾はない。

「要らないんなら別にいいぜ。俺が全部食うから」

 白妙はぐっ、と声を詰まらせて暫し躊躇した後、

「そ、そんなに食べてほしいなら貰ってあげるわ」

 折れた。


 白妙は年甲斐もなく俺にじゃれついてくる。まぁ、外見年齢相応なのだが。

 なんだかんだで寂しいのだろう、と思う。

 神使を見ることができる人間は少ない。昔は結構いたらしいが、江戸から明治に遷り近代化が進むにつれて、神使や神霊を視ることができる霊視持ちの人間は極端に少なくなった、そうだ。白妙の言うように信心が足りなくなってきた、というのも案外当たっているのだろう。存外、人間は興味のないものを見えたとしても認識しないものだ。

 だから、俺のような目の良い人間は神使にとって貴重なのだ。

 ……とは、本人は口が裂けても言わないだろうが。

 言わなくても、そこはかとなく感じるものがある。

 口を開けば憎まれ口ばかり吐く嘘吐き狐も、仕草は正直なものだ。


 つれない態度を取った後に、獣耳が若干下を向いていたりとか。

 嬉しい時は逆に耳がぴんと立っている。

 吃驚した時は毛が逆立っていたり。


 嗚呼、なんだかんだ言ったって、俺はコイツのことが

「好き、だな」

 ぽつり、と独言。

「ふぁ?」

 唐揚げを口に含んだ侭、白妙が俺を見る。両耳はぴん、と立っている。

「いや、俺、お前のことが好きだなって」

 ごほっ、げふっ。

 白妙が咽た。普段は動揺しても殆ど表に出さないから、こういうのを見るのは新鮮だ。

「ちょ、アンタ何言ってんの!?」

 私は神使でアンタは人間、そもそも歳の差がありすぎて……等々。

 白妙は口早に捲くし立てる。

「あははははははは!」

 俺は可笑しくなって爆笑してしまった。

「な、何が可笑しいのよ!」

 白妙は顔を赤らめて怒っている。

 いや、だって、ねぇ?

「お前、絶対勘違いしてるだろ?」

「は、だってアンタ、私のこと好きって……」

「好きだけど、別に交際したいとか、そういう好きじゃねーよ」

 狐に欲情するほど干からびてはいない。

 勘違いを悟ったのか、白妙の顔色がみるみる青くなって、今度は逆に真っ赤になる。

「このっ、マセガキゃああああああっ!」



 あれから白妙に散々罵られた。

 流石に今回は俺が悪かったので、反論しないでひたすら謝った。

 白妙も言いすぎたと思ったのか、さっきから居心地悪そうに沈黙している。

 刻は夕暮れ。随分長居したものだ。

 よいしょ、と俺は立ちあがる。

「帰るの…?」

 白妙の声は弱々しい。まさかあれしきのことで嫌われたとでも思っているのだろうか。

 そう思うと一層コイツのことを可愛いな、と想う。

 恋人としてはそもそも論外だが、友達としてなら一生付き合ってもいいかな、と真剣に思う。

「おう、今日はもう遅いし、また明日な」

 白妙の耳がぴんと立って、ぴくぴく動く。よしよし、現金なヤツめ。

「じゃあ、明日お供え物に二丁目の豆腐屋の油揚げ買ってきたら今日のことは許してあげる」

 白妙らしい言い分に、思わず苦笑しながら右手を振る。




 ……翌日が豆腐屋の定休日で、俺が白妙にぶつくさ文句を言われるのはまた別のお話。

じ、人生初の小説うp

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― 新着の感想 ―
[一言] 満を持して垜 晃さんの短編遂に来たーー! 処女作おめでとうございます!次はぜひとも連載でお願いします。勿論化学系で・・・なに? やらない? 失礼しました。 好きですねえ・・・こういう雰囲気…
[一言] やはり、お稲荷様は油揚げが好きなんですね。 人間は興味のないものを見えたとしても認識しないもの 確かにそうかもしれません。 身近にありながら、あるいは身近にあるからこそ、そのものの良さをあ…
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