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彼は時速百二十キロメートルから想起する

作者: Y氏

大昔にしたテスト作品です。

☆スーパー黒歴史状態☆



 内藤はまだか、と仲間に問いた声は、途端に時速百二十キロメートルの風にかき消される。

 最早、自分が発した問いなど彼にはどうでもよかったのかも知れない。


 ヘルメット越しに蠢く風と景色は視覚で捕らえられる。愛用のバイクと自分が一体になった感覚に陥る。

 地を、体を伝う振動は、何処か心地よいように感じられた。



 彼はふと背後へ振り向く。

 ゆっくりとした調子で、遠方の彼の背中を追い掛ける複数台のバイクがそこにあった。


 彼はそれらに向かって笑う。

 苦笑いにも勝ち誇った笑いにも見て取れる様だ。


 顔を正面に戻す過程、時速百二十キロメートルの世界で、彼はふと想起する。



 彼には恋人がいた。

 いるではなかった。

 二年ほど前、別れたのだ。


 死別とでも言おうか。

 突然の交通事故だった。

 そのことを思い出せばその時の衝撃が、今でも体にでさえ響いてくる。


 理由は簡単だった。

 二輪車の二人乗り。

 曲がり角から来たトラックに跳ねられてしまったのだ。話に夢中になっていた二人の不注意のせいであることは歴然としていた。



 想起はコンマ一秒の間のみ。


 彼が前方に視界を移すと、ヘルメットの黒い光が眼に暗む。


 そして、また何食わぬ顔で走り続ける。




─────




 打田はまだか、と仲間に問いた声は、途端に時速百五十キロメートルの風にかき消される。

 最早、自分の問いなど彼にはどうでもよかったのかも知れない。


 蠢く風と景色は認識される。愛用のバイクと自分が一体になった感覚に陥る。

 地と、体を伝う振動は、何処か心地よいように感じられた。



 彼はふと背後へ振り向く動作を見せる。

 慌てた様子で、遠方の彼の背中を追い掛けるバイクがそこにあった。


 彼はそれらに向かって笑う。

 その笑みははっきりとは分からない。


 顔を正面に戻す過程、時速百五十キロメートルの世界で、彼はふと想起する。



 恋人の言葉があった。

 今は聞けない調子だが、彼は鮮明に覚えている。



「よくある質問なんだけど」



 間延びした先で、彼女は続けていた。



「考えるって頭でするのかな?」



 質問の内容自体はあどけない。彼はその時に思わず吹き出してしまった自分を思い出す。


 当たり前じゃないか。


 今でも即座にそう答え、彼は笑える。


 すると、彼女の頬を大きく膨らませた様がふと思い浮かんだ。


 やはり、可愛らしい。

 今でもそう思える。


 だが、痛い。痛い。

 考えれば考えるほど痛い。


 ――何処が?



 想起はコンマ一秒の間のみ。


 彼が前方に視界を移す動作をし終えると、ヘルメットの黒い光が暗む。


 そして、また走り続ける。




─────




 高岡はまだか、と誰かに問いた声は、途端に時速三百キロメートルの風にかき消される。

 最早、自分の問いなど彼にはどうでもよかった。


 蠢く風と景色は認識される。自分の全てが一体になった感覚に陥る。

 地と、体を伝う振動は、何処か心地よいように感じられた。



 彼はふと背後へ振り向く動作を見せる。

 バイクがあるかと思ったが、そこには何も無かった。


 彼は何故か笑う。

 その笑みはやはりはっきりとは分からない。


 視線を正面に戻す過程、時速三百キロメートルの世界で、彼はふと想起する。



 初めて目覚めた時のことだ。それは彼が走りだすよりずっと前。


 黒い喪服を身につけた人々が彼の周りに居る。線香の匂いが鼻を突く。


 辛気臭かった。

 内藤も打田も高岡も、みんながみんな涙を流していた。


 当の彼は、それらの光景を見、ただ唖然としていた。何故か、涙は一粒も浮かんではこなかった。


 人々が体を前に向ける先では、坊主がお経をあげている。



 痛い。痛い。

 何処がと問う。

 誰かがそう問う。


 彼は咄嗟に逃げるように、虚空から眼を逸らした。


 その先で、不意に向いた視線の先で誰かが泣いていた。



 彼の恋人だった。


 ――どうして?


 自身へ一様に向けられた視線に彼は小さく問う。


 ――誰が? どうして?



 想起はコンマ一秒の間のみ。


 彼が前方に視界を移す動作をし終えると、黒い光が彼を包む。


 そして、まだ走り続ける。




─────




 まだか、と誰かのことを誰かに問いた声は、途端に秒速三百四十四メートルの風にかき消される。

 最早、自分の考えなど彼にはどうでもよかった。


 蠢く風と真っ暗な景色は認識される。自分の全てが一体になった感覚に陥る。

 足を伝う振動は、何処か心地よいように感じられた。



 彼は無い首を動かす。

 バイクがあるかと思ったが、そこには暗やみを足を蹴って走る誰かがいた。


 彼が笑った気がした。

 その笑みの真意は分からない。


 視線を正面に戻す過程、秒速三百四十四メートルの世界で、彼はふと想起する。



 前には水平線が広がっていた。

 さざ波が響かせる音が、二人の沈黙を支配している。

 ベンチに寄り添って座る二人の顔は、綺麗な黄昏色に染まっていた。



「ねえ、夕陽ってなんで赤いか知ってる?」



 何処か嬉しそうな恋人の問いに彼は得意げに答える。



 それは空気が汚れているからだよ、と。



 すると、馬鹿みたいと言うように彼は彼女に笑われていた。



「ロマンて大切なの。男の人だから分かるでしょ?」



 分からないと言うように彼は首を横に振る仕草をした。瞳に焼き付こうとする赤い光が眩しい。



「それでも、ねぇ。聞いてる?」



 答えるよりも前に、彼は彼女に顔を向ける。


 その時に、返す言葉を考える間もなく、唇に伝う感触。


 時を永遠と感じた。

 刹那的な想起の間でも。


 言葉はもういらなかった。

 切なさにも、喜びにも紛える感情が伝える想いが、彼の頭をパンクさせようとしていたのだから。


 確かに言葉は覚えていない。

 だが、それに内在した何かを彼は想起する。



「走り続けて」と。


「例え離ればなれになっても」



「あなたの好きなように」



「私のいるところへ」



 何処へ?


 彼の中で答えは出ていた。



 想起は音速を超える。


 彼はしっかりと暗やみに向かい合う。眼を逸らさず。


 そして、走り続ける。




─────




 彼は問わない。

 答えは出ていた。


 秒速三万キロメートルの風は彼の想いに弾かれる。


 周りを包む暗やみと対象に、目の前には光があった。

 そこへ向かって、懸命に足を蹴る。走る。走る。

 体が崩れかけても尚、走る。



 彼は後ろを見ない。

 答えは出ていた。

 後ろを走るのは、想起する別の彼の姿なのだ。


 首の無い彼が笑ったようだ。

 それは崩れてゆく自分への自嘲的な笑みか。




 ――死んだのは自分だ。


 答えが出た、自覚した。


 ――考えるのは頭じゃない何処かでするんだ。


 当然が打ち崩される。自分の存在が確かな理由だった。


 ――確かに頭は痛いけども。


 そんな頭は無いけども、と彼は付け加える。


 ――みんなが、彼女が泣いている。


 それは、と彼は続ける。


 ――自分が死んだからだ。




 自覚がある。

 答えがある。


 対して、体はほとんど無い。

 光を掴む手も無い。



 それでも、彼は走る。

 走る体はない。

 ならば、彼の想いが走る。

 走り続ける。



 理由は彼女の願いだったからに他ならない。

 確かに、彼は走るのが好きだ。だが、今ではその好きが彼女の願いなのだ。


 彼が光と呼ぶ、自身の恋人に届かなくとも彼は走り続ける。



 ――自分の好きなようならば。



 彼は、最後に笑った気がした。



 ――走り続ける。君のために。




 ――君の元へ。





────────────



 時速百二十キロメートルの世界で彼は想起する。




 時速百五十キロメートルの世界が彼に頭痛を起こさせる。




 時速三百キロメートルの世界は彼を切なさへと誘う。




 秒速三百四十四メートルの世界では彼の唇が想いを読み取る。




 秒速三万キロメートルの世界に彼が答えを見つける。




 もっとも早い世界の彼を他の彼は感じない。




 その時、彼は。







 彼は時速百二十キロメートルから想起する。



 ただ一つの恋の物語を。

 テスト、テスト。


 自作品の転載ですます。

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