事始
授業が終わり、首を鳴らして立ち上がった。
今日も一日が長かった。いや、これからが本業なんだけどね。
「春海。帰るぞ。」
栗毛の可愛らしい美少女が振り返る。彼女の名前は吉川春海。同じクラスの女子だ。
「あ、秋人。ちょっと待ってて。」
小さな手で待ってのサインをすると、友達と何か話していた。
俺の隣で、友達の光洋がはあとため息をつく。
「いいなぁ、秋人。」
ぽつ、と呟いた。その意味もわかっていたので、あえてスルーした。
話し終わると、春海はばいばいと手を振って離れた。
「お待たせ。」
帰る支度をしている男子や、部活に行こうとしている男子がじろりと睨んできた。
その意味もわかってる。まあなんとなく・・・ごめん。
「じゃあ、俺も部活行くわ。」
光洋が名残惜しそうに俺たちに手を振って出て行った。
なんでこんなにクラスの男子から睨まれているかというと、つい最近、俺らは付き合うことになったわけで。
女子男子ともに人気ナンバーワンの吉川春海と付き合うということは、学校の男子を敵に回すということで。
命がけってわけじゃないけど、確かに風当たりは強くなった。
何故こうなるとわかって付き合ったかというと、本気で好きだから、他の人がどう見てこようともそばにいたいから、とかではない。
俺と春海は、同じ運命を共にしているからだ。
いや、結婚とかじゃない。それは断じて違う。
だいぶ昔、二千年くらい前だったと思う。俺たち四人はある星の元に集った。
闇を封じ、魔と戦うという、星の元に。
そう、それからずっと、三人の義兄弟とともに転生を繰り返してきた。
何度も違う時代、違う国に生まれ、そのたびに出会ってきた。
今回は平成の日本。目覚めた時はもう、俺は高校生だった。といっても、普段の生活はなんら変わらないんだよね。だって、俺は俺だもの。
そんで、義兄弟の一人は、この可愛らしい少女に転生してたってわけ。
そう。こいつ、本当は心は男なんだ。
「ねえ、今度やる映画、面白そうなんだよねー。行かない?」
そう可愛く言うが、頬、引きつってるよ。
「・・・無理しなくていいんだけど。」
笑い出しそうになり、春海を見ないように目をそらした。
「うるせえ。自然なカップルを演じなきゃなんねえだろうが。」
ぼそりと春海が呟く。その目に一瞬、殺気が漲ってた。
なんでこいつと付き合ってる・・・というか、付き合うふりをしているかというと、話は長いんだけどね。
俺たち四人は常にそばにいなければいけない。そのほうがパワーバランスが取れるし、やっぱりこいつらといるのが一番楽しいしね。
ということで、付き合ってると噂されてごちゃごちゃ言われるよりは、もう付き合ってるってことにしといたほうが早いってこと。
それで、俺は男子の目の敵にされちゃったんだけどね。
「そういえば、龍風。この前の美術の―」
うっかりそう呼んでしまった。ぎらりと春海が睨む。
「・・・やだなあ、春海って呼んで?」
顔は優しく笑っているが、目が笑っていない。びり、と空気が軋む音がした。
「・・・ごめん、春海。」
龍風というのは、春海の本当の名前だ。始まりの名前、つまり俺たちが転生するきっかけになった時の名前だった。
「美術のやつ? ああ、これね。ありがとう。」
はい、と渡されたプリントには、白黒の虎が描かれていた。
「本当にお前、昔っから絵、上手いのな。」
誰も居ないのを確認してから、春海――龍風が言った。
「まあね。一応絵師だったこともあるし。」
確かに、これは良い出来だった。先生もびっくりして、個展を開けるとまで言ってくれた。
「特に虎の絵はお手の物だな、山彩白影殿?」
「そりゃ昔のペンネームってやつだよ。」
くすりと笑う。そこでこの日初めて龍風も笑った。
「それにしても・・・龍風、本当に絵、下手だね。」
ちらりと龍風の絵を見た。慌てて絵を伏せる。
「うっ、うるせえ! 俺はこういう細かいのは苦手なの!」
乱暴にカバンに絵をつっこむ。顔を赤らめているところを見ると、結構気にしてるらしい。
こういうとこ、本当に可愛い。って、弟みたいだって意味だけどな。
龍風の肩を軽く叩いた。
「ねえ、今日は久々に羽伸ばして、見に行かない?」
「あ? 何をだ?」
俺は少し笑って言った。
「映画だよ。龍風は昔っからそういうの好きでしょ? 玄清たちには俺からメールしとくからさ。」
きょとんとして目を瞬かせる。それから、みるみるうちに笑顔になった。
「本当か!?」
「うん。俺も見たいし。」
「行くっ!」
中身が龍風じゃなければすごく可愛いのに、と心の中でため息をついた。
嬉しそうに歩く龍風の後ろに俺もついて学校を出た。家とは反対側の駅の方面に向かう。駅前にサティが立っていて、その中で映画を上映しているのだ。
中は時間が時間だけに人ごみは無く、間もなく上映開始される映画を選んで中に入った。
選んだ映画は「ゾンビ」系ホラー。今話題になっている、ゲームから発展した映画だ。
そこで、ふと俺は思い出した。
龍風、ホラー系はダメなんじゃなかったっけ?