09「学者が見たら卒倒しそう」
「マスター、一番苦いコーヒーにミルクを入れて頂戴」
身分を隠しての就職活動は全滅した。
そもそも働く(妙齢の)女性がほとんどいないので、就職先がない。あったとしてもコネが必要で、この身ひとつ以外何も持たない私には何もできなかった。
「お客さんひとりか? 珍しいな、女性一人で歩いてるなんて」
「ふふふ。私はずーっとひとりよ」
すぐに職にありつけると思っていたせいでショックが大きい。
ふらふらになりながら表通りのカフェに入ると、マスターは物珍しそうに私を見ながらも注文通りのコーヒーをくれた。
「いいじゃないか、気楽で。俺も独り身だ。カイルっていうんだ、よろしくな」
カイルは綺麗な男性だった。
日差しを浴びた琥珀色の髪がまぶしい。瞳は藍色に輝いている。
きっとこの店はマスター目当ての女性客も多いんじゃないか、そう思わせるような美青年だった。
(……オルフィー殿下と同じくらいかな)
でも、そんな素敵な男性を見ても私が思い浮かぶ顔はあの最低男だった。
知らない間に子供を作っていた浮気男。祝賀会で見せた、父親として家族を守ろうとする顔が憎々しい。
嫌なことを思い出して、あつあつのコーヒーを一気に飲み干す。
熱湯が喉を焼くけど、熱耐性SSSの私には痛くもかゆくもなかった。
「エスプレッソにあえてミルクを投入。この組み合わせ、発明だと思わない? マスター、メニューにしていいわよ」
「もうあるよ。次からはカフェラテを頼んでくれ」
「ベルモンドにはなかったわよ……」
そんなくだらない話をしながらこれからのことを考える。考えたくないけど、考えなきゃいけない。
仕事はすぐには見つからない。粘って探してもいいけど、ヴェルグの目を盗んで抜け出すのは骨が折れそう。
しばらくはヴェルグのお世話になるしかないのかも。
【アルティアは何もしなくていいんだよ。僕の隣で、微笑んでいて】
私がそう言った後のヴェルグの嬉しそうな反応が目に浮かぶようだ。
正直、ヴェルグの提案が魅力的なオファーであることは否めない。
【君を幸せな花嫁にしてあげる】
きっと彼はそう言うだろう。私も、そんな彼をいつか好きになるかもしれない。
でも――
(私、世界を救ったヒーローなのに)
魔王殺しの聖女の肩書が、無駄なプライドとなって邪魔をする。
私には実力がある、実績がある。そんな考えが頭を離れない。すべてを捨ててヴェルグに依存する自分が許せなかった。
「お客さん、ベルモンドから来たのか?」
ぼんやりとしていると再びマスターが話しかけてくる。
まだ昼前だからか、店にお客さんは私しかいない。静かなカフェの中で、マスターは私の元に一冊の本を置いた。
「これ、読めるか?」
それは古い本だった。
ベルモンド語ではあるけれど、かなり古い文法を使っている。ベルモンドの国民でも、文学に造詣がなければ読むのは難しいだろう。
(文体が300年前のもので、語尾の処理がアーヴ地方のものと一致する……ということは……)
「……『瘴気の発生と、その影響について』……かな」
「なんだ、学術書か。客からもらったんだが、面白い本なら売ろうと思ったのに。じゃあこれは、インテリアだな」
「古語で書かれているし、とても貴重なものな気がするわ」
「この街の学校は戦争で燃えちまった。学生様の本なんて、買い手がいないんだよ」
どうやら客からの贈り物をどう扱うかに悩んでいたらしい。
店主は期待した本ではないとわかると、適当に扱って壁に飾る。
丁寧な装丁は確かにインテリアになじむが、学者が見たら卒倒しそうな扱いだ。
「学校がない……それじゃあ、子供たちはどうしてるの?」
「金がある奴らは別の街に行っちまった。それ以外はみんな仕事だよ」
「それは……健全じゃない気がするけれど」
「ベルモンド王国が支援してくれたり、ヴェルグ様が立て直そうとしてくれてるが、一度壊れたもんはなかなか戻らないのさ」
ベルモンド王国……そんなことをしていたのね。
私を捨てた憎い国なのに、慈善活動をしているとわかると憎み切れない。婚約破棄程度で国を見捨てた私がまるで小物のようで悔しい。
「そ、それだ……!」
だけど、店主のこの発言は私にとって大きなヒントになった。
ベルモンド王国の支援、ヴェルグの活動、そして私のスキル。すべてが合致する仕事が、目の前にある。
「私、先生になるわ!」
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