03「魔王の息子」
「カミーユとは3年前に出会ったんだ。当時君は激戦だったアシュフォード帝国へ赴いていて、一度も会うことができなかった。心配で、何もできない自分が悔しくて……その苦しみを癒してくれたのが、ここにいるカミーユだ」
あたまが、まっしろだった。
「そして2年前にエルを授かった。君に何か言わなければと思っていたんだが……とても口に出せず。こんなところで告白することになって、すまないと思っている」
「どうかお許しになって。アルティア様。わたくしがすべて悪いのです」
「カミーユは男爵令嬢だが、俺との間に生まれたエルには継承権を渡したい。頼む、どうか俺と別れてくれ」
「おとうさまー、おかあさまー」
なにか、いわなくちゃ。
「え、ええええと。それ、それはだめでしょう……じゅんじゅじゅじゅじゅばんがちがうというか」
でも、まともに舌が回らない。ろれつの回らない口で何か言おうとするが言葉にならない。
「もちろんわかっている! この件は俺がすべて悪いんだ!」
「お願いします! お許しくださいませ!」
「金も地位も、君が望むものはすべて渡す! だからどうか、許してくれ!!」
私が何か言う前に、殿下とカミーユという女性は膝をついて許しを請う。
カミーユは小さな子供を胸に抱えて、涙を流しながら私に縋り付いている。
「ふえ、ふえええええん!」
ただならぬ状況の親を見て、カミーユの腕の中でエルが泣きわめく。
絹を裂くような悲鳴があたりに響いて、だんだんと周りに人が集まってきた。
「殿下……英雄に対してなんて裏切りを」
「とはいえ、10年不在はなあ。世継ぎを作る義務だってあるのに」
「当然、悪いのはお二人だ。だが、子供が泣いているのに……」
「アルティア様がお怒りなのは当然だわ。でも、子供には何の罪も……」
野次馬と化した紳士淑女たちから漏れ出る声は、私への憐憫からだんだんと殿下とカミーユへの同情へ変わっていく。
王子は額を床につけ、カミーユはむせび泣き、エルは泣きわめいている。
そんなことをされたら、まるで、私が悪者みたい。
「も、もうあたまをあげて……わ、わたしにどうしろって……」
私の頭はまったく冷静じゃなかった。帰る家がある、待ってくれる人がいる。そう思って戦ってきたのに。
魔王討伐だって、好きで行ったわけじゃないのに。
私が行かなきゃ、国が滅んでしまうから――
「あんたたち、なんか――」
ぞわり、黒い心が私を支配する。ばちっ、ばちっ、と黒い電撃がはじけて、私の周りで爆ぜる。
これは、魔の力。憎しみに心を支配されたときにおこる、黒い瘴気。
(裏切者。私の人生をめちゃくちゃにして。私を悪者にして。この国も、国民も、殿下も、全部許せない……)
黒い心が暗い声を呼び寄せる。このまま激情に身を任せてしまおうか。
(そうしたら、私が次の魔王ね……)
そうだ。そのほうがよっぽど楽だ。私は手を翳して、首を垂れる殿下の首に振り下ろそうとした。
「駄目だよ」
だが、その手を後ろからそっと抑えられる。
「あなたは英雄なんだ。こんなところで心を汚してはいけない」
それは、甘く低い男性の声だった。振り返ると射干玉の黒髪と、雪原のきらめきのような銀の瞳の男性が私の手を押さえている。
「あ、あなたは……」
彼には見覚えがあった。
魔王に反旗を翻した正義の心を持つレジスタンス。
3年前のアシュフォード激戦区で協定を汲み、ともに魔王討伐のために戦った戦友。
そして――魔王の一人息子。
「ヴェルグ・アシュペー……」
「彼女は僕がもらう」
私が何か言うより前に、ヴェルグは私を横抱きにしてその場を去る。
ヴェルグが踵を返したとき「助かった」と言わんばかりの殿下の瞳と目が合って、じり、と胸が痛んだ。
黒い闇が心を支配する。ばちり、雷の爆ぜる音が再び鳴った。
「っ――」
私が何かを言う前に、ヴェルグの唇が唇を塞ぐ。
渦巻く瘴気はヴェルグの熱でふわりと霧散した。
「な、ななななにを……」
「どうか今はこらえて」
しぃー、とささやく声が耳を支配する。
唇の熱が、甘い声が、私の心を浄化していく。
「聖女は僕のいるアシュフォード帝国に嫁いでもらう。さようならベルモンド王国」
そういうと、ヴェルグは振り返ることなく王城を去っていった。
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