表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された元聖女、魔王の息子に攫われて溺愛されています  作者: 百合川八千花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/28

27「空が黒かった」

 空が、黒かった。

 雲ではない。瘴気だ。

 渦を巻く闇が空を覆い、雷鳴のような低い唸り声が大地を震わせている。

 その中心に立つのは、漆黒の髪をなびかせる一人の男――ヴェルグ。


「……足りないな。もっと集めろ」


 低く命じると、地面から瘴気が噴き出した。


 黒い霧は形を持ち、牙を持ち、爪を持つ。

 狼、蛇、巨人、翼を持つ怪鳥。

 無数の魔物が、彼の周囲に跪いた。

 かつて魔王ヴィンセントが率いた軍勢に、勝るとも劣らない。

 

「ベルモンド王国へ進軍する」


 その一言で、大地が揺れた。

 魔物の群れが雪崩のように国境へ向かう。

 砦は踏み潰され、結界は引き裂かれ、兵は悲鳴を上げる間もなく蹂躙された。

 ヴェルグはただ、歩く。

 目に宿るのは、怒りでも憎悪でもない。


 ――空洞。


 アルティアを失ったその瞬間から、心の中心にぽっかりと開いた穴。

 そこにあるのは、ただ一つの思考。


(奪われた。なら、奪い返す)


 そのためなら、国ひとつ滅んでも構わない。


「な、なんだと……!? 国境が突破された!?」


 ベルモンド王国とアシュフォード帝国国境では、オルフィーは顔面を蒼白にして立ち上がった。


「魔物の数が……数万を超えております! 指揮を執っているのは、ヴェルグ・アシュペー!」

「聞いていない……!」


 オルフィーの声が裏返る。


「アルティアを手に入れれば、奴は降伏するはずではなかったのか!? カミーユはそう言った!」


 誰も答えない。

 窓の外では、黒煙が上がっている。

 遠くで轟音。城壁が崩れる音だ。


「殿下、ご決断を!」

「撤退だ! 一時撤退! 城を捨てる!」


 その言葉に、側近たちの顔が凍る。

 だが、もはや戦況は崩壊寸前だった。

 空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 そこから無数の瘴気の槍が降り注ぎ、兵を蹂躙する。これ以上、犠牲を出すわけにはいかない。

 そう考えたとき、玉座の間の扉が、轟音とともに吹き飛んだ。


 煙の向こうに立つのは、黒衣の男。


「久しぶりだね、オルフィー」


 ヴェルグの銀の瞳は、何も映していなかった。


「ひっ……」


 瘴気が蛇のように伸び、オルフィーの首に絡みつく。

 軽く指を動かすだけで、彼は宙に吊り上げられた。


「アルティアはどこだ」

「わ、私はし、知らない! カミーユが……!」


 その名に、ヴェルグの瞳がわずかに揺れた。


「なるほど」


 次の瞬間、オルフィーは地面に叩きつけられる。


「生きてる価値があるのは、今だけだよ」


 魔物たちが玉座の間を埋め尽くす。

 ベルモンド王国の前線は崩壊した。


「……ふふ」


 テラスで一報を受けたカミーユは、静かに笑った。


「オルフィー様が人質に取られた? あら、よかったではありませんか」

「奥様……!?」

「殺しなさい、そんな男」


 従者は凍りつく。


「どうせ役に立たないわ。あの方は、最初から器ではなかったのよ」


 夜風が彼女の髪を揺らす。


「さあ、もっと壊れなさい。世界も、ヴェルグも」


 その目は、恍惚としていた。

 壊れている。そう思っていても、それを突き付ける勇気があるものはこの場にいなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……ヴェルグ様」


 カイルは、黒く染まった戦場を見渡していた。

 かつて学校を支え、笑っていた街の青年は、恐れ多くも魔王の息子の前に膝をついていた。

 魔王を止めようと何度も進言するも聞き入れられず、それでも諦めない彼は何度だって「止めろ」と伝えに来たのだ。

 そんな彼を一蹴せず、話を聞き届ける心は、まだヴェルグにあった。


「アシュフォード帝国は援軍をださないってさ……ふふ。あんなにアルティアを愛しているって言ってたのに」

「もうやめましょう。アシュフォード帝国も、ベルモンド王国も、ともに魔王と戦った盟友ではないですか!」

「その魔王の息子を、奴は怒らせた」


 ヴェルグの冷たい瞳には何も宿っていない。

 かつては暖かい瞳があった、心があった、愛があったのに……

  

(もう、ヴェルグを止められるのは、アルティアしかいないというのに)


 カイルは拳を握る。

 このままでは、世界が終わる。


「申し訳ありません……ヴェルグ様」


 小さく呟き、彼は陣を抜け出した。

 夜の闇を駆ける。

 目指すは、聖女が囚われているという地下牢。ベルモンド王国がほぼ壊滅した今ならたどり着けるはず。

 誰よりも早く……ヴェルグよりも早く彼女のもとにたどり着かなければいけない。

 

「ティア……いや、アルティア。あんたしかいないんだ」


 瘴気に覆われた空の下、最後の希望が、静かに走り出していた。

読んでくださりありがとうございます!

アルファポリスさんでは「元聖女」最新話を先行公開しております!

https://www.alphapolis.co.jp/novel/43656324/989027623

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ