24「子供」
「瘴気というのは大気中の魔素の穢れであり、私たちは常に触れているものでもあります――」
エルの登場で正体を明かすどころではなくなってしまった私は、慌てる心のまま授業だけは完遂しようとしていた。
王太子の庶子……いや、今はもう立派な跡継ぎかもしれない。そんなエルが何故ここに居るのか、ぐるぐると回る頭を抱えながらも、必死で授業の内容を進める。
「まそー?」
「そう、魔素。エルは頭がいいのね」
「えへへ。エル、あたまいい!」
今日は瘴気と魔物についての授業。
子供には難しすぎるかもしれないけど、この世界を生きる者にとってはとても大切な情報。
エルは少しつまらなさそうだが、マルグリッドが親切にも相手をしてくれている。
「瘴気は人の心に反応します。妬み、憎しみなどの暗い心が形となって、魔物を生んでしまう。それを未然に防ぐためにも、みんな定期的に教会に行って浄化をしましょうね」
難しいことをぺらぺらと喋っているが、頭のなかは大パニックだった。
王太子ともめた後に、その娘だけが手元にいる……これ、私がエルを誘拐したとか思われないわよね。
「まもの!」
「そ、そう、魔物! 魔物が出てしまったら、教会の聖人・聖女認定をされた人を速やかに呼んで対処してもらいましょう。彼らは魔物を祓うことができますからね」
「まおう!」
「そうね。そんな魔物を扱うのが魔王と呼ばれる、ヴィンセント・アシュペーでした。彼は瘴気を操って自在に魔物を生み、様々な国を混乱に陥れました。この領地も、被害を強く受けた場所です」
誘拐罪? 私、つかまっちゃう?
いや、そもそもエルはカイルのところに置いて行かれたわけだし……私、関係ない? ある?
オルフィーもカミーユもエルを深く愛していたはず。まさか捨てるわけがないし、なぜここに。
「せいじょさま、まおう! たおした!」
「お、エルは頭がいいな!」
「わたくしたちの救世主ですわ」
「えへへ、エル。あたま、いいの!」
ああー、エル可愛い。生徒たちともうまくやっているし、このままずっといてくれないかしら?
はっ、こんなことを考えてはいけないわ。オルフィーはまだこの国にいるかもしれない。彼の元に返してあげないと。
「――以上で、今日の授業は終わりです。みんな、宿題を忘れないようにね」
こんがらがってほどけない頭でどうにか授業を切り抜ける。
まずはヴェルグに状況を伝えないと……慌てる心を押さえながら、私はエルを部屋に招待した。
「リズ、ヴェルグはいつ帰ってくるのかしら?」
「今晩には戻られます。その子についても、急ぎの知らせを出してまいりますね!」
「お願いね」
カイルには、「エルの親に心当たりがある」と言ってエルを預かっている。
庶子とはいえ男爵令嬢の娘なだけあり、エルは幼いながらもよく躾けられていた。
「エル、です! おじゃまします!」
「はい。ごゆっくりなさってくださいね」
かわいい~!
拙い言葉で挨拶をしながら、ちびっ子カーテシーをする様に胸がキュンキュンする。
と、同時にどうしてもオルフィーとカミーユの影がちらついて、うまく笑えているかがわからない。
「あのね、エル。あなたにお聞きしたいのだけど。お母様とお父様は近くにいるの?」
「おかあさまが、ここで、まて! って!」
カミーユがそんなことを言うなんておかしい……あの人が私の居場所を知っているわけないのだから。
「おかあさまは今何をしてるか、わかる?」
「わかんない! せーじょさまといろって!」
「聖女、様と……」
「おねえさま、せーじょさま!」
この子は、私の正体を知っている。どういうこと? まだ変化の魔法は説いていないはずよ。
まだ2~3歳のエルにすべてを説明させるのは難しいだろうが、不明な点が多くて不審だった。
とはいえ、エルが何か企んでいるわけでもなし、聞き出すのは至難の業だ。
「私もあなたのお母様に会いたいわ、会えない?」
「わかんない……」
母の行方を聞くとエルは哀しそうにうつむいてしまう。
大きな瞳にたくさんの涙を浮かべてしまったので、私は慌ててエルを慰めた。
「な、泣かないで~。お菓子ほしい? お茶もあるわよ」
「なかない……! なくと、おかあさま、おこっちゃう」
相槌を打ちづらい話を聞いてしまった……。
幸せそうにしているとばかり思ったけど、カミーユはエルにきつく当たっているのかしら。
「お母様は、優しくしてくれている?」
「うん! エルいいこだって。だから、エル、せーじょさまにおまじないしろっていわれたの」
「ふふ、おまじない?」
エルは無邪気にほほ笑むと、ぽんぽんと私の頭を撫でてくれる。
可愛らしい仕草に微笑みが漏れたのは一瞬だけだった。
ぞわり、嫌な予感がする。まるでオルフィーに撫でられた時と同じように。
バチン!!!
「きゃあっ――!!」
エルの小さな手から黒い瘴気が漏れている。
(これは、聖女封じの呪い――!?)
子供だからと油断した。そう思った瞬間に意識がとんだ。
目の前が真っ暗になり、体に力が入らない……
「――よくやったわ、エル」
霞む意識の中で、カミーユの声が聞こえる。
「なに……を……」
その声は言葉にならず、私はその場に倒れこむ。
「オルフィー様。聖女を捕らえましたわ!!!」
リズを呼ばないと……だけど声が出ない。霞む意識の中、リズが黒い瘴気に包まれて倒れているのが見えた。
カミーユの高笑いだけが、屋敷の中に響いていた。
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