21「オルフィーとの再会」
華やかなパーティ会場に響く一つの名前が、私の心を瞬時に凍らせた。
「オルフィー殿下のご到着です!」
まるで世界が音を失ったかのように、私の耳にはその声しか届かなかった。
ほんの数か月ぶりなのに、胸がざわつく。
顔を見たくないと願い続けた相手と、今この場所で再会するなんて――
足音が近づく。周囲の貴族たちが一斉に道を開け、現れたのは。
「……変わらないな、アルティア」
黄金の髪、碧眼の王子。人形のように美しく、その祝福された唇で私に「別れ」を突きつけた人。
「……ご無沙汰しております、オルフィー殿下」
口角を上げて微笑んだつもりだけれど、手が震えているのが自分でもわかる。
目線が自然とカミーユとエルを探してしまって、それが悔しかった。
「ねえ、君と話がしたいんだ」
「お話しすることなどありませんでしょう。どうぞ、奥様とお子様と末永くお幸せに」
「はは、言うと思ったよ。どうか嫉妬しないで」
なんだろう、話がかみ合っていない気がする。
そんな違和感に気を取られていると、そっと頭を撫でられた。
「なっ――」
ぞわりぞわり。怖気だつような感覚が髪の毛から伝わる。
かつて優しく頭を撫でてくれていた人なのに、もう触れられるのも嫌になってしまっていた。
「ここではうまくやっていないんじゃないか……君が主役のパーティーにそんな地味な色のドレスを着てくるなんて」
「これは――」
「ヴェルグが王子だったのは魔王の国があってこそ。いまはただの伯爵だろう? 君を満足に養うことなんてできていないんじゃないか?」
「ヴェルグを馬鹿にしないで……!」
私の抗議も他所に、殿下は好き放題言葉を続ける。
「ベルモンドに返っておいで、アルティア。カミーユのことなら気にするな、あれは妾でしかないのだから」
「勝手なこと言わないで」
「君は家で静かに暮らしていればいい。もう勇者ごっこもしなくていいんだよ。綺麗なドレスを着て、爪を磨いて、美しい頃に戻ろう」
「私の話を聞いて――」
「もういい、アルティア」
勝手にぺらぺらと喋るオルフィーを黙らせたのは、闇のような漆黒の髪を持つ男――ヴェルグだった。
「オルフィー殿下、僕の婚約者に勝手に触れないでもらえますか」
「……ヴェルグ・アシュペー」
ヴェルグはオルフィーの手を取ると、じり、と小さく力を籠める。
ぱちぱちと黒い瘴気が爆ぜていて、彼が本気で怒っているのだとわかった。
「手を離しなさい。私を誰だと思っている」
だが、不思議なことに気弱なオルフィー殿下も引かない。
私の記憶なら、トラブルを徹底していやがる人で、もめ事になりそうなときはいつだってへらへらと笑って過ごしていたはずだった。
それなのに、今の彼は何かに急かされるような焦りがある。ばちり、殿下の近くでも黒い瘴気がはぜていた。
(瘴気が、濃い……)
様子がおかしい。オルフィー殿下に何か声をかけようとした時、ヴェルグが横に立って遮る。
「僕の婚約者を横取りしようとする、あさましい野良犬?」
「さすが魔王の息子だ。躾をされていない」
「ベルモンド王族の高い教育の結果がそれか。素晴らしい国だね」
「国すら失った君ににはわからないだろうね」
「もういいかしら」
ばちばちと火花が――本当に文字通りの瘴気の火花が――爆ぜる中、私は二人の間に体をねじ込ませる。
「オルフィー殿下。私はあなたにされた仕打ちを忘れることはできません。どのような理由があろうとも、二度とベルモンドの地を踏むことはないでしょう」
「それについてはゆっくり話そう。何か誤解があるようだ」
「誤解があってもなくても、私はあなたの元にはいきません。なぜなら――」
私はヴェルグの顎にそっと触れると、下を向かせる。
ヴェルグは私を信頼しきっていて、されるがままに動いてくれた。
ヴェルグの薄い唇が目の前に見える。どきどきと爆発してしまいそうな心臓を押さえて、私はヴェルグにそっと口づけをした。
「私はヴェルグを愛しています。彼の伴侶として生きる覚悟です」
「魔王の息子の……伴侶だと……」
「婚約のお話はアシュフォード帝王様にもお伝え済。あとは式を待つのみの身ですから」
「アルティア……!」
ヴェルグの顔を見るのが恥ずかしくてそっぽを向いていると、ヴェルグに後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「このドレスは夫となるヴェルグの髪の色を表したもの、銀の刺繍は彼の瞳。たとえ地味でも、私にとっては大切なドレスなんです」
「……何を」
「それに、私は美しさも平穏もいりません。これからも身を粉にして人々のために尽くします」
「それが君を醜くしているんだ!」
「働いているアルティアを美しいと思えないなんて、やっぱり君はアルティアが好きじゃないんだ」
くっ、とオルフィー殿下の言葉が詰まる。
だんだんと人の目が集まってきて、居心地が悪くなったのだろう。
オルフィー殿下は悔しそうに舌打ちをするとその場を立ち去った。
「アルティア、僕は諦めないぞ」
予言めいた、不穏な言葉を残して。
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