20「パーティ」
煌めくシャンデリア、弦楽の優雅な音色、薔薇と香水の甘い香りが立ちこめる広間。
「……緊張して死にそう」
私はヴェルグに手を引かれ、帝都最大の社交サロンに足を踏み入れた。深紺のドレスが床をするほどに広がり、銀糸の刺繍が光を受けてきらきらと瞬く。
「世界一きれいだよ、アルティア。みんなが君を見てる」
「もう見ないでほしい……!」
耳まで真っ赤になりながらヴェルグの隣を歩く私を、貴族たちの視線が刺すように追ってくる。けれど、それは敵意ではなかった。
「本当に……あの聖女様だわ」
「魔王を倒したとき、第一線に立っていたという……」
「隣の男性は、元魔王の息子で伯爵のヴェルグ殿では?」
――救国の聖女と、反逆の魔王子。
並び立つ二人の姿に、社交界の空気がわずかにざわめきを孕むのがわかる。
(……思ったより、悪くない反応かも)
アシュフォード帝国の皇帝陛下に丁寧に一礼をし、祝辞と労いの言葉を受ける。
「移住の申し出をお受けいただきまして、誠にありがとうございます」
「救国の聖女がこの国を選んでくれたことに感謝する。これからは穏やかに暮らし、その慈愛で民に知恵を施しておくれ」
「はい」
「ヴェルグ・アシュペー伯爵との縁談も、めでたいことだ」
「……ありがとうございます」
(こいつ、皇帝に嘘ついてやがる……!)
まだ仮初の婚約しか了承していないのに、なぜか皇帝は私とヴェルグが婚約していると思っている。
ぎろりとヴェルグを睨みつけると、あいつは飄々とした顔でウィンクをし返してきた。
「そなたと話したい者はたくさんおるだろう。あまり余が独り占めしてはいかんな。皆にもその顔を見せてあげてくれ」
「ありがとうございます。皆様にご挨拶してまいります」
過不足ない言葉で受け答えできたことに、私はほっと胸をなでおろした。
(よかった。私、この場に立っても恥ずかしくない。心配しすぎだったかしら)
ヴェルグに手を引かれて会場に戻る。陛下の言う通り、私と話すのを心待ちにしていたという人々とたくさんお話をすることができた。
「アルティア様! 10年前に息子が同じ戦場に立っておりましたの」
「アルティア様、お会いできて光栄です。父も母も貴方様に会いたいと願っておりまして、どうか今度我が家のお茶会に――」
「聖女様、次は学校経営をなさるとか。何度も国を救っていただいて、感謝の念に堪えません」
人々は暖かい。マナーも所作も付け焼刃の私に親切に接してくれて、私の話に耳を澄ませてくれる。
ここに私の居場所があったのだと、安心した瞬間だった。
「ねえ見た? 聖女様ったら、ドレスの裾踏みかけてたわよ」
「うふふ、お年を召していらっしゃるからじゃなくて?」
「伯爵様がかわいそう。どうしてあんなお年を召した女性を……」
――聞こえている。全部。
床をするような小声なのに、なぜか耳にしっかりと届く乙女たちのささやき。明らかに十代前半の若い貴族令嬢たち。つややかな金髪を編み上げ、流行の色のドレスを着て、爪も唇も隙なく磨かれている。
(……万人に好かれるわけじゃ、ないものね)
私は、彼女たちが軽蔑のまなざしでこちらを見ていることに気づかないふりをした。
(見た目、年齢、マナー……全部あの子たちの言う通り。だけど……)
「アルティア、踊ろうよ」
ヴェルグは乙女たちの声など聞こえなかったかのように、私をダンスへ誘う。
ダンスだって得意なわけじゃない、だけどヴェルグのリードに導かれてそつなく踊ることができた。
(ヴェルグといると、嫌な自分を忘れてしまいそう)
万雷の拍手が上がると、乙女たちのささやき声はかき消された。
彼女たちの姿はもう見えない。
私の目の前にいるのは、ヴェルグだけだった。
(私は、私はきっと――)
この人のことが好き。そう思う。そう感じる。
五感のすべてが彼に夢中で、一緒にいるとほっとするし、ドキドキする。
甘い衝動に駆られて胸に飛び込む。このまま、仮初の婚約という嘘が本当になってしまえばいいとそう思った。
「素敵だよ、アルティア」
――オルフィー殿下が現れるまでは。
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