19「仮初の婚約」
パーティ。
煌びやかな衣装を纏った紳士淑女が集い、語り、踊り、時に愛を育む場所。
いうなれば、社交界の戦場。
「いやだああああ行きたくないいいい」
「では、お断りいたしましょう。アルティア様」
「私を甘やかさないで、リズ~!」
生まれは平民、育ちは教会、リアルな戦場に10年身を置いていた私には遠すぎる世界。
縁あってオルフィー殿下の婚約者になって、何度か出席したことはあるけれど、慣れないマナーや作法に緊張しきり。よい思い出などひとつもない。
「行くわ、行くわよ! でも行きたくないの!」
「アルティア様が望まれないパーティなら行かなければいいと思います!」
「甘やかさないで、リズ~!! 決意が揺らいじゃう~!」
でも、行かなくちゃ。
アシュフォード帝国には大恩がある。魔王討伐のために私に多大な支援をしてくれたし、今だって移住をすんなりと許可してくれている。ここで学校を営む以上これからもお世話になることはあるだろうし、しっかりと挨拶をするのが筋でしょう。
「流行りのドレスも知らない、マナーもうろ覚え……。恥をかいてしまいそうで、それが怖いのよ」
「それはわかります。知らない軍隊に旧式装備で参加するようなものですものね」
「私がわかりやすいように例えなくてもいいのよ……」
いつまでも肩を落としてはいられない。
大きく深呼吸した後、ぱちぃんと頬を張る。
気合い入れは完了!
断崖絶壁で魔王と一騎打ちしたことに比べれば、こんなの大したことじゃないわ。
「アルティア様が覚悟を決められているのでしたら、リズはどこまでもお供いたします!」
「頼りにしてるわ、リズ」
「リズが責任をもって、最高のドレスを見繕い――」
「ます!」とリズが言い切る前に大きな音を立てて扉が開く。
「ドレスを持ってきたよ~」
そこには大量のドレスを抱えたヴェルグがいた。
「ヴェルグ、居ないと思ったらそんなことをしていたの……」
「訪問時のドレスから、パーティ、お色直しまで全部任せて! アルティアが世界一だって、アシュフォード帝国に見せつけてあげる!」
「普通でいいの! 普通で!」
「まずは試着ですね。髪の毛だけ整えましょう」
ヴェルグの奇行にも慣れたものなのか、リズは試着用にと髪の毛だけセットアップしてくれた。
深紅、紫紺、エメラルドグリーン……様々なドレスを試着していく。
どれもこれもヴェルグが選んでくれ、おそらくは寸法も私サイズに直してくれたおかげか、サイズも色も私にぴったりなものばかり。
「これにしようかしら」
そんな中で私が選んだのは濃紺に銀の刺繍のドレスだった。
今まで袖を通した煌びやかなドレスとは違う落ち着いた色に、ヴェルグとリズの手が止まる。
「素敵ですが、少し地味ではありませんか? いえ、アルティア様は何を着ても素敵ですが!」
「そうね。でも派手すぎるのも恥ずかしいし……それに」
「アルティア様はお綺麗ですし、聖女様はパーティの主役級の来賓です! もっと派手なお色でも――」
「リズ」
リズが他の色を勧めようとしてくれる時、ヴェルグがその言葉を止める。
ヴェルグは「綺麗だ」なんて歯の浮く台詞を言いながら、私に静かに尋ねた。
「アルティアはどうしてそれがいいと思ったの?」
「夜空に煌めく星のようで……その、貴方の隣にいるとお揃いみたいで可愛いかなって……いや! かわいさなんて私にはいらないんだけど……ぎゅむっ」
台詞を言い切る前に、ヴェルグに抱き着かれて言葉が詰まる。
苦しい、離しなさい。と言いたかったけど、ヴェルグの肩が小さく震えているのを感じて、言葉を止める。
「嬉しいな……うん。その服が一番似合うと思う」
震えるほど喜ばれたら、もう何も言えないじゃない。
そんなことを考えていると、目の前でヴェルグが跪く。そっと指に冷たいものが当たった。
「これは……」
「婚約の指輪。その、仮初の婚約だけど、つけていたほうがリアルかなーって」
「……仮初、か。そうよね……指輪つけておいたほうがいいわよね」
危ない、危ない。仮初の婚約だってこと忘れていたわ。
「愛しています。アルティア・ヴァレリア。どうか僕と婚約してください」
「……私、あなたの思うようにはできない女よ」
「僕が君の思い通りになる」
「マナーも作法も、てんでわからないわ」
「一緒に学んでいこう」
「学校経営が忙しくて、貴方を蔑ろにしちゃうかも」
「どこまでも纏わりつくよ」
念のための問答を重ねる度、ヴェルグの心が深く伝わってくる。
私はこんなに意地悪なのに、どうしてヴェルグはいつも優しいんだろう。
高鳴った心臓を、無表情を装って静める。唇をきゅっとかんでいないと、思わず涙が出てしまいそうだった。
「仮初の婚約、お受けします」
「いつか必ず、本気にさせてみせるよ」
私はもう、貴方に夢中になりかけてる。
そんなことは、まだ言ってあげないけど。
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