16「瘴気の発生とその影響について」
「そりゃ……たいへんだったなあ」
魔物退治後、生徒たちから信頼された私はどうにか予定通りに授業を進めることができた。
座学、体力、魔力の授業をひと通り行い、陽が落ちる前に解散。
私はカイルのカフェに赴いて、状況の説明をしていた。
「しかしわざわざカフェに来なくても……今日は安息日だから、屋敷に行けたぜ」
「いいのよ! ここは私たちの始まりの場所なんだから!」
屋敷に来られたら、私の肖像画だらけの恐怖の館がばれてしまう!
私は慌てて話題を逸らすが、それが余計妖しく映ったのだろう。カイルは「ふぅん」と訝しむような声で私を舐めるように見つめた。
「ヴェルグ様の助力があったとはいえ、一人で魔物の群れに立ち向かうなんてな。ティア、アンタは何者なんだ?」
「ええっと、それは……旅をしていたから魔物には慣れているというか」
「魔物退治の旅かい? まるで聖女様だな」
「あはは……」
曖昧に笑いながら、私は魔法で変えた琥珀色の髪をいじる。
本来の私の髪色は乳白色、瞳の色はグレーだ。髪と目の色を変えただけで他は弄っていないが、それだけで皆聖女だとは気づかない。
カイルに正体を隠している心苦しさはあったものの、やっぱり正体は秘密にしておくことにした。
聖女ではない”ただのティア”としての第二の人生を歩みたい。だから、聖女の肩書は使いたくなかった。
「……まあ、言いたくないならいいか」
言葉が出ない私を見て、カイルは「悪い悪い、いじめすぎた」とからからと笑う。
「貴族や労働者をかき集めた学校で、全員から認められたんだ。過去が何だろうと、あんたはティア先生、だよな」
カイルは気のいい人だ。素性全てを明かしていない私を許して、黙っていてくれる。
「ごめんなさい、私――」
悪意のない嘘とはいえ、優しいカイルを騙す罪悪感に胸が痛くなる。
やっぱり、正体を明かしてしまおう。そう口を開いたとき、唇にそっと指が重なった。
「何も言うな、先生」
ドクン、と心臓の音がする。
私の震える冷たい唇に、カイルの温かい指が重なって、氷を解かすかのように温めてくれる。
「あの……」
「いや、悪い悪い! 忘れてくれ!」
「いいいやいや、そそそそんな」
甘い空気が流れて、私たちは我に返った。さっと距離をとって、お互い後ろを向きあう。
「ここに来たのは教科書のためだろ? 図書館から使えそうなものを集めておいたぜ」
「そ、そう! ありがとうね。あと、先日見せてもらった学術書もお借りしたくて」
「ああ、あのインテリアの」
「貴重な書物なのよ……」
他愛のない話をしていると、さっきの変な空気が嘘かのように和やかな会話に戻れた。
無意識に、ほっと息を撫でおろす。
(ヴェルグが見たら、今度こそ聖なる鎖で捕えられてしまうわ)
ヴェルグに対してのほんの少しの罪悪感が胸をざわつかせる。
(いやいや。監禁魔に対して何を考えてるのかしら)
でも、すぐに頭は冷静になった。
私はこれから恋愛なんてするつもりはない。
人生をかけた婚約があっさりと破棄されたことが、大きなしこりとなって胸に残っている。
(それよりも、今は目の前の仕事!)
幸い、目の前の仕事はどうにか軌道に乗りそう。やるべきことはいっぱいあって、ほかのことを考えている暇なんてなかった。
「ほらよ『瘴気の発生とその影響について』だっけ?」
そんなことをぼんやり考えていると、カイルが本を持ってきてくれる。
著名な研究家が書したであろう学術書も、読み手がいなければおしゃれなカフェのインテリアに様変わりだ。
「『瘴気は自然に発生するものであるが――人の魂と共鳴することで――』、『聖女の癒しのみが瘴気を浄化する――しかし、瘴気を汚すことは万人に可能で――』、ううん、古語だから難しいわね」
「あんたにやるから、家でゆっくり読みなよ。どこに住んでるかは知らねえけど」
ヴェルグ伯爵邸です……とはもちろん答えられないので、私はまた曖昧に笑って言葉を濁す。
カイルは「またその顔」といって笑ってくれていた。
「瘴気のこと、調べてんのかい?」
「今日の魔物の突然発生が気になったの。少女の怒りなんて小さな切っ掛けでは魔物は発生しないはず。それがありなら世界中が魔物まみれだわ」
「確かに」
「魔王を殺したことで、瘴気にゆがみが生じたとか?」
「そんなわけないだろ」
それもそうよね、あはは! と私たちは呑気に笑った。
確かに突飛な発想すぎる。世界っていうのはもっと複雑なはず。それに――
「そんな理論が通ったら、まるで魔王は必要な存在だったみたいじゃない」
そんなはず、無いよね。
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