11「男と学校経営なんてさあ……」
「ヴェ……ヴェヴェヴェヴェヴェエル」
「ヴェルグ様!?」
私とカイルの声が重なる。
慌てすぎて私はまたろれつが回らなくなってしまった。
(どういうこと、泊まりの仕事じゃなかったの!?)
慌てふためいている私をよそに、ヴェルグは氷の笑顔でつかつかと私とカイルの間に割り込んでくる。
まずい、偽名を使って身分を偽ったことがあっけなくバラされてしまう……!
「こんにちは、カイル。そちらのお嬢さんは?」
「はえ?」
だけど、私の予想に反してヴェルグは必要以上に触れて来ない。
変装している私を見て状況を察してくれたのか、何か企んでいるのか、知らんぷりを決め込むらしい。
「彼女はティア。お客さんだったんですが、これから共同経営者になりそうです」
「それはすごい。今話していた、学校経営ってやつ?」
何も知らないカイルはにこやかに私を紹介してくれる。
「へえ、ティアって言うんだ」なんて笑うヴェルグの瞳は冷たいままで、冷汗が止まらない。
「ええ。今話が始まったばかりなんですが、彼女はすごい。もう企画書を描き始めているんですよ。ティア、見せてやりなよ」
「え、ええと……まだ、人様に見せられるような形にはなってないし……」
「チャンスを逃すな。大丈夫、内容は俺が保証する」
まずはヴェルグに今の状況を言い訳しないと、と尻ごむ私をよそに、カイルはさっと提案書の草案を渡してしまった。
「……へえ」
ヴェルグはそれを手に取ると、真剣な眼差しで草案を読んでくれる。
ナイフのように鋭い銀の瞳が文字を追って動く、その様は息を呑むほど美しかった。
「確かに荒い部分は多い。そもそも人はどうやって集めるの?」
「き、教師は私が。生徒は教会を通じて呼びかけてもらおうと思ってます」
「経理とか事務とか、細かい作業は俺がやりますよ」
へえ、と言いながらヴェルグはカフェの椅子に腰かけると、ペンをとって細かい部分を書き込んでいく。
「場所は?」
「教会を借りようかと。交渉は私がする予定です」
「時間は?」
「しばらくは安息日の週一回で考えてます。将来的には子供には学習を優先させて、もう少し日数を増やせるようにしたくて。ヴェルグ……様にご相談をしたいと思っておりました」
「そうだね。復興のさなかで人が足りてないとはいえ、子供が働き詰めな現状は改善しないと」
「子供だけではなく、学習を望む人たちには平等に機会を与えたいです。特に女性は働き口に困っていそうなので、読み書きができれば仕事にありつける機会も増えるかもしれません」
「戦争から帰ってきた男性達が増えて、女性の職業がいま圧迫されているんだ。よく調べたね、ティア」
目の前で問答をする彼は冷静で知的で、私を追い詰める変態伯爵の姿ではなかった。
らしくなく緊張してしまって、一つの問答のたびにごくりと唾をのむ。
王様と謁見しているときだってこんなに緊張していなかったのに。
「でも、一番大事なことが書かれていない。初期費用はどうするつもりだったの?」
「……それは」
一番痛いところを突かれて、カイルが言葉を詰まらせる。
だけど、その部分に関しては私には大きな武器があった。
「これを――」
私は鞄から、王から賜ったプラチナのティアラと、オルフィー殿下からもらった婚約指輪を取り出す。
どちらも王家の一品なだけあり、最高級品だ。宝石がカフェの中で陽光を浴びてキラキラと輝いている。
「それは――」
「売れば相当な額になります。この案を実行するには十分かと」
「……大切なものじゃないの?」
「過去の栄光です。これからの私には不要なものですから」
そう言いながら、ヴェルグにティアラと指輪を握らせる。
そう、これはすべて過去の栄光。聖女だった、王子の婚約者だった私だから与えられたもの。
”ただのティア”にはもう必要ないものだった。
「……男と学校経営なんて、一蹴してやろうと思ったのにな」
ぽつり、とヴェルグがつぶやいた。
どこか哀し気な瞳の奥に、慈愛に満ちた温かい色がある。
その瞳を見ていると、どきり、と心臓がはねた。
「そこまでの覚悟を見せられたら、僕もちゃんとしないとね」
「それじゃあ……」
ヴェルグの声に、カイルが期待に満ちた反応をする。
やったな、なんて言いながら私の肩に軽く触れる。ヴェルグがぎろりとその様を睨んでいるのには、気づいていないようだ。
「これはこの領地の未来への投資だ。初期費用、場所、各所への働きかけは僕が持つよ」
「やったな、ティア!」
「ただし、場所は僕の屋敷でやること。”先生”がどういう風に動いているか、監視したいしね」
いい話になりかけたが、やはりヴェルグは私を逃がしてくれる気は無いようだった。
だけど――
「ありがとう、ヴェルグ様」
あの監禁魔が、嫉妬の悪魔が、魔王の息子が、私の夢のために一時でも私を解き放とうとしてくれている。
そのことに感謝と敬意をもって、私はヴェルグに一礼をしたのだった。
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