10「心の中の自分」
「学校を建てて、学びが必要な人たちに授業をするの! どう、素敵じゃない?」
「現実的じゃない、が……とりあえず聞いてみようか」
そう言うとカイルは自分用のコーヒーを持って私の前の席に座る。琥珀色の髪が昼の日差しを浴びて、きらきらと輝いていた。
「ちょっと待ってね、頭を整理するから……」
「紙とペン、使いな。この間の配給でもらったんだが、俺はあんまり使わなくてね」
そう言いながらペンと紙をくれたので、ありがたく使わせてもらう。
こういった細かい気遣いができるのが、マスターとしての技量なのだろう。
「必要なのは先生、これは私がやるとして。あとは教科書と、筆記具と……」
「筆記具はベルモンド王国の寄付品がある。俺みたいな経営者とか、富裕層の坊ちゃん嬢ちゃんしか使ってないがな」
「どうにかしてみんなに回したいわ」
「ヴェルグ伯爵に直訴するってかい? まあ、あの人なら聞いてくれるだろうな」
カイルの言い方はとても優しかった。
ヴェルグ、ただの監禁魔かと思っていたけど、この地では善政を敷いているみたい。
ヴェルグが褒められていると、全く関係ないはずなのに自分が褒められているようで嬉しかった。
(はっ! いけないいけない。ヴェルグから独立するための作戦なんだから、ちゃんと考えないと)
私は収支計算をしながら紙の上にかかるであろう費用や規模感を企画として書き上げる。
さらさらとインクが紙の上を走る音が、静かなカフェの中に響いた。
「なあ、お姉さん。ええと、名前は――」
「ア……じゃない」
難しい計算にうんうんと唸っていると、カイルが話しかけてくる。
そういえば、まだ名前を名乗っていなかったわ。うっかり本名を言いそうになって、慌てて口をふさぐ。
「ティアよ」
アルティアの偽名がティア……安直すぎただろうか。
だが変装が功を奏しているのか、カイルはいぶかしむことなく私の名前を信じてくれた。
「ティア。金が必要なら、こんな面倒くさいことしなくても、俺が口をきいてやろうか? 安月給だが、ここで雇ってやってもいい」
「それは……」
ほんの数分前なら喉から手が出るほど欲しいオファーだった。
たしかに学校経営なんて、空手から行うのは現実的じゃない。きっと途方もない時間がかかるし、うまくいかないかもしれない。
でも――
「ありがとう。でも、私は人の役に立ちたい。私にしかできないことを見つけてしまったら、それをやり遂げたいわ」
私はその魅力的なオファーを蹴ってしまった。
学校を作りたい。そう決意した瞬間私の中で靄がかかった思考が晴れた。私は人のために尽くしたいのだと、聖女になった時の決意を思い出させてくれたから。
「……そうか。あんた、変な奴だな。ここじゃみんな、自分のことで精いっぱいなのに」
「私もそうよ。でも、だからこそ手を差し伸べてくれる人のありがたさを知ってる。私はそんな人になりたい」
「気に入ったよ、俺ができることは何でも手伝わせてくれ」
「紙とペンを貸してくれただけでも十分助かっているのよ……」
「いいんだよ。俺だってこの街のために何かしたい。命を懸けて世界を救ってくれた、聖女様ほどじゃないかもしれないが。できることはあるだろう」
ぎくっ。
カイルの何気ない一言が私を刺す。
ば、バレてないわよね……と焦る頭の中で、冷静な自分が疑問を抱いた。
(ん? 別にばれてもいいのでは? どうせ学校経営となったら自分の身分を明かすことになるんだし、なんでこんなに必死に隠しているのかしら)
「そういえばそうだ」心の中でうっかり家なもう一人の自分が納得している。
「協力してくれるという人に嘘をつき続けるのはよろしくないわ」別のまじめな自分もそう言っている。
よし、正体をばらそう。
嘘は良くないし、カイルは信用できる人だわ。隠し事なんてしたくない。
「あ、あのねカイル……私……」
リアルの自分がカイルに正体を明かそうとした時、心の中の怖がりな自分が悲鳴を上げた。
「何やってるの!? 私が正体をばらしてるのは――」
「へえ、面白いことを考えているね?」
からん。とドアベルが涼やかな音を立てる。
振り返ると真っ黒な瘴気の中にいる一人の男がにこやかに笑いながら、私の肩に手を添えていた。
ぎちり、と爪が肉に食い込む(耐久SSSだから痛くはないわ)。
その時に私は全てを思い出した。
(そうだ。私が身分を隠していたのは――)
変態ヴェルグから逃げるためだった!!!
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