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第97話:亡霊たちの都



上空の脅威を一掃した俺たちは、植物に侵食されたコンクリートの谷間を歩いていた。

かつて首都高速と呼ばれていた高架道路は半壊し、巨大な蔦が血管のように絡みついている。

ここが、100年前の日本の中心地――ロスト・トウキョウ。


「へえ……ここが旧時代の東京か。話には聞いてたが、ひどい有様だな」


レンが錆びついた看板を蹴り飛ばしながら、周囲を見回す。

「地下の方がよっぽど空気がマシだぜ。……カビと鉄の臭いがしやがる」


「そうか? 俺は悪くないと思うけどな」


俺は空を見上げた。

地下都市の人工的な天井とは違う、どこまでも続く灰色の空。

淀んではいるが、ここには「閉塞感」がない。


「……ここ、知ってる気がする」


不意に、アリスが立ち止まった。

彼女は瓦礫の山――かつてコンビニエンスストアだったと思われる廃墟を見つめていた。


「……懐かしくて、少し悲しい匂いがする」


アリスが鼻を動かし、鋭敏な感覚で街の「記憶」を感じ取っている。

彼女のその野生的な勘は、これまで何度も俺たちを救ってきた。


「……そうだな」


俺もまた、奇妙な既視感を覚えていた。

初めて来た場所のはずなのに、この街の地図が頭の中に浮かぶようだ。

それは俺自身の記憶か、それとも融合した「泥」が見せている、かつての住人たちの記憶メモリなのか。


「カケルくん」


白石が俺の袖を引いた。

その指先には、確かな体温と重みがある。

出会った頃は影のように希薄で、誰にも気づかれないような存在だった彼女だが、今は違う。

俺たちと共に戦い、飯を食い、笑い合った旅路が、彼女をただの傍観者から一人の「人間」へと成長させたんだ。


彼女は、遥か彼方に見える、へし折れた赤い鉄塔――東京タワーを指差していた。


「あそこ。……教授の反応がする」


「ああ。ビンビン感じるよ」


俺の『虚無』が、あの塔から発せられる不快な波動を捉えていた。

教授は逃げたのではない。

あの場所で、俺たちを待ち構えているのだ。


「ねえ、カケルくん」


歩きながら、白石が視線を落として呟く。


「……そろそろ、話さないといけないよね」


「何がだ?」


「私の名前。……そして、どうして私が今まで、それをカケルくんに言わなかったのか」


白石は、自分の手をギュッと握りしめた。

彼女は記憶を失っていたわけじゃない。

ずっと知っていたのだ。自分が何者で、なぜ俺の前に現れたのか。

でも、それを言えない理由があった。


「言えなかったの。……それを言っちゃうと、カケルくんが私を軽蔑するかもしれないって、怖くて」


「……そんなわけないだろ」


俺は即答した。


「お前が誰だろうと、どんな名前だろうと。お前が俺の隣にいて、何度も俺を支えてくれた事実は変わらない。……そうだろ?」


「……うん」


白石が顔を上げ、少しだけ笑った。

その表情は、出会った頃よりもずっと豊かで、力強いものになっていた。


「全ての決着がついたら、ちゃんと教えるね。私の本当の名前と……私が背負っている『役目』のこと」


俺たちが話していると、巨大な影が立ちはだかった。

東京タワーへと続く大通り。

そこに、先ほどの艦隊とは比較にならないほど濃密な「殺気」を纏った一団が待ち構えていた。


それは、ボロボロの白衣を纏った異形の集団だった。

人間ではない。

全身が機械と「泥」で無理やり接合された、醜悪なサイボーグたち。

だが、その顔には見覚えがあった。


「……嘘だろ」

ゲンゾウさんが息を呑む。「あれは……過去に組織オーダーに処分されたはずの、Sランク能力者たちか!?」


「死体を利用した操り人形マリオネットってわけか。……教授らしい趣味の悪さだ」


俺は前に出た。

かつて「最強」と呼ばれた亡霊たちが、虚ろな瞳でこちらを睨む。


「行くぞ。……亡霊は土に還してやるのが情けだ」


「おうよ! 露払いは任せな!」

レンが音波の刃を構え、アリスも低く身を沈めて臨戦態勢をとる。


ロスト・トウキョウの風が吹き抜ける。

最後の決戦の地、東京タワーまであと僅か。

俺たちは亡霊の群れへと、躊躇なく駆け出した。


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