第96話:空を穿つ黒
轟音と共に、灰色の瓦礫が爆ぜた。
そこは、かつて「東京」と呼ばれ、今は誰も近づかない極東の禁足地帯――『ロスト・トウキョウ』。
朽ち果てた高層ビルが墓標のように並ぶその中心部で、地面に突如として直径10メートルほどの「穴」が開き、黒い光の柱が天を衝いた。
ズガァァァァンッ!!
光の柱の中から、瓦礫に乗った俺たちが飛び出す。
視界が一気に開ける。
地下の閉塞感とは無縁の、淀んだ空と、植物に侵食されたコンクリートのジャングル。
遠くには、へし折れて傾いた赤い鉄塔が、亡霊のように佇んでいるのが見えた。
「……はっ、ははは! マジかよ!」
レンが瓦礫にしがみついたまま、乾いた笑い声を上げる。
「地下から、直通エレベーターだなんてな。……お前の『虚無』は、この死の都までブチ抜いちまったぞ」
「酔いそう……」
アリスが目を回しているが、怪我はない。
俺が展開した『虚無・界』が、気圧の変化も衝撃もすべて無効化したからだ。
俺たちは、崩れかけたビルの屋上に着地した。
眼下には、100年前の繁栄の残骸が広がっている。
だが、そこには異変が起きていた。
「……なんだ、あれ」
ゲンゾウさんが指差す先。
廃墟の上空を埋め尽くすように、数え切れないほどの武装ヘリと、人型の機動兵器が展開していた。
それらは全て、俺たちが開けた「穴」を取り囲むように陣形を組んでいる。
『……ようこそ、地上の墓場へ』
上空の巨大飛行船から、拡声器を通した教授の声が降り注ぐ。
こいつ、逃げ足だけは速いな。脱出艇で先回りして、伏兵を待機させていたのか。
『まさか本当に、あの崩壊から生還するとはね。……だが、ここが君たちの終着点だ! 全軍、攻撃開始! ターゲットは「相馬カケル」ただ一人! 世界を滅ぼす魔王を殲滅せよ!』
ダダダダダダッ!!
一斉射撃。
ミサイル、機銃、レーザー。
雨あられのような火力が、廃ビルの屋上にいる俺たち目掛けて降り注ぐ。
旧時代の遺産ごと、俺たちを蒸発させる気だ。
「カケル!」
白石が叫ぶ。
「問題ない」
俺は空を見上げた。
避ける必要さえない。
今の俺は「無機物やプログラム」にさえ干渉できる。
「……散れ」
俺が右手を払う。
ただ、それだけ。
フッ。
空中で爆発炎上するはずだったミサイル群が、俺たちの半径50メートル圏内に入った瞬間、音もなく掻き消えた。
爆風も、熱も、破片さえも残らない。
ただ「無かったこと」になった。
「な……ッ!?」
「バカな! 全弾消失だと!?」
上空のパイロットたちが動揺し、陣形が乱れる。
廃墟の風に混じって、彼らの恐怖が伝わってくるようだ。
「こちらの攻撃は届かない。……だが、俺の攻撃は届く」
俺は右手を握り、そして人差し指を一番巨大な飛行船に向けた。
黒い泥と融合した今の俺には、距離という概念も曖昧だ。
認識できるなら、そこはもう俺の射程圏内だ。
「……落ちろ」
ズンッ。
俺の指先から放たれたのは、ビームではない。
「重力」そのものを書き換える波動だ。
飛行船の周囲の空間だけ、重力が100倍に跳ね上がる。
『ぐ、がああああッ!? 機体が、支えきれん……ッ!!』
メキメキメキッ……!
巨大な飛行船が、見えない巨人の手に鷲掴みにされたようにひしゃげる。
プロペラが砕け、装甲が拉げ、黒煙を吹きながらゆっくりとビルの谷間へと沈んでいく。
「ひ、ひぃッ!?」
「退避! 退避しろ! あれは人間じゃない! 神だ!」
周囲のヘリ部隊がパニックに陥り、散り散りに逃げ惑う。
「……神、か」
俺はその様子を冷ややかに見つめた。
違うな。
俺はそんな立派なもんじゃない。
ただの、少しばかり力が強すぎる「人間」だ。
「行くぞ、教授」
俺は墜落していく飛行船を見据え、コンクリートの地面を蹴った。
決着をつける時だ。
この歪んだ世界を作った元凶を叩き潰し、俺たちの旅を終わらせるために。




