第95話:崩壊の序曲
『警告。施設自爆シーケンス、起動。……崩壊まで、あと300秒』
けたたましいサイレンと赤い回転灯が、ドーム内を染め上げる。
やはりか。
教授の野郎、自分が手に入れられないなら、俺ごと埋める気だ。
「はははは! おめでとう、カケル君! 泥との融合、見事だったよ!」
スピーカーから、ノイズ混じりの教授の声が響く。
彼はもう、安全圏へ逃げた後だろう。
「だが、その力は強大すぎる。……地上へ持ち出せば、世界は再び混沌に沈む。だから私が、ここで君というバグを処理してやることにしたよ!」
ズズズンッ……!
地響きと共に、天井の岩盤が爆破された。
巨大な瓦礫が雨のように降り注ぎ、逃げ道を塞いでいく。
地下水脈も決壊したのか、濁流が壁を突き破って流れ込んできた。
「やべぇぞ! ここは地下最深部だ! 生き埋めになったら、いくら俺たちでも……!」
レンが焦りを露わにする。
「カケル! 出口をこじ開けるぞ! 手を貸せ!」
「……いや」
俺は静かに首を振った。
以前の俺なら、そうしていただろう。
だが、今の俺には「視え」ていた。
この施設の構造も、教授が逃げたルートも、そして……この崩壊さえも、ただの物理現象に過ぎないことが。
「慌てるな。……道なら、ある」
俺は一歩、前に出た。
右腕を振るうまでもない。
ただ、視線を向けただけだ。
「邪魔だ」
【虚無・界】
ヒュンッ。
音が消えた。
俺たちの頭上に降り注いでいた数トンの岩盤が、濁流が、そして爆風の熱が。
俺を中心とした半径10メートルの空間に入った瞬間、唐突に「消失」した。
砂になるわけでも、弾かれるわけでもない。
最初からそこに何もなかったかのように、存在の座標ごと削除されたのだ。
「……は?」
ゲンゾウさんが口を開けて固まる。「おいおい、冗談だろ……。今、何が起きた?」
「自分の周囲の空間定義を書き換えたんだ」
白石が、戦慄したように呟く。
「『この空間には、カケルくんたちが許可したもの以外、存在できない』って……。防御とか迎撃じゃない。これは、ルールの改変だよ」
俺たちは崩壊するドームの中を、悠然と歩き出した。
天井が落ちてこようが、床が抜けようが関係ない。
俺が足を下ろす場所が「床」になり、俺が進む場所が「道」になる。
『な、なんだそのデタラメな力は!? 自爆コードは正常に作動しているはずだぞ!? なぜ死なない!?』
スピーカーの向こうで、教授が絶叫している。
「うるせえな」
俺は天井の監視カメラを一瞥した。
「お前の遊び場はもう終わりだ。……すぐに行くから、首洗って待ってろ」
俺は右手を天井――「地上」に向けてかざした。
「レン、掴まってろ。……エレベーターなんてまどろっこしいモンは使わない」
「は? ……おい、まさか」
「直通で行く」
俺の手から、極太の黒い光線が放たれた。
それは螺旋道路も、地下都市の地層も、岩盤も全てを貫通し、一直線に地上へと続く「大穴」を穿った。
遥か頭上に、小さく、だが確かな「太陽の光」が見えた。
「……嘘でしょ」
アリスが呆然と見上げる。「空まで……繋げちゃった」
「行くぞ。……反撃開始だ」
俺たちは重力を無視して浮かび上がる瓦礫を足場に、一直線に地上へと駆け上がった。
もう誰も、俺たちを止めることはできない。




