第88話:嘆きの巨躯
ドォォォォン!!
塩の巨人が振り下ろした腕が、俺たちのいた地面を粉砕する。
舞い上がる白い粉塵。それはただの土埃ではなく、鋭利な塩の結晶だ。
「ッ、吸い込むな! 肺が焼けるぞ!」
ゲンゾウが叫びながら『バイソン』を後退させ、援護射撃を行う。
散弾が巨人の胴体に着弾し、表面の塩を吹き飛ばす。
だが、傷口はすぐに周囲の泥と塩を吸い寄せ、見る間に修復されていく。
「再生しやがる! キリがねぇぞ!」
レンが舌打ちし、両手から衝撃波を放つ。
【音響砲】!!
不可視の砲弾が巨人の顔面を直撃し、半分を消し飛ばした。
しかし、埋め込まれていた「死者の顔」がニタニタと笑うようにうごめき、すぐに新たな頭部が形成される。
『イタイ……クルシイ……ダシテ……』
『ナンデ……オレタチダケ……』
物理的なダメージよりも、奴らが発する思念の悲鳴がキツい。
脳に直接、錆びた釘を打ち込まれるような頭痛が走る。
「うぅ……っ!」
アリスが耳を塞いで座り込む。
「カケル! ……聞こえるよ、みんなの声が!」
アリスが悲痛な声で叫ぶ。
「この人たち、泣いてる……! 『終わらせて』って、泣いてるの!」
「終わらせて、か……」
アリスの言葉で理解した。
こいつらは俺たちを憎んでいるんじゃない。
「塩」という強力な防腐剤のせいで土に還れず、100年もこの場に縛り付けられているんだ。
「なら話は早い。檻をぶっ壊して、眠らせてやるのが情けってモンだろ!」
俺は巨人の懐に飛び込んだ。
再生能力が高いなら、再生する端から消し去ればいい。
【虚無・連撃】
黒い霧を纏った拳を叩き込む。
ドガッ! バキッ!
俺の拳が触れた箇所は、再生することなく完全に「無」へと消失する。
だが、相手がデカすぎる。数百人分の遺体と瓦礫の集合体だ、削りきる前にこっちが押し潰される。
「カケルくん! 解析出たよ!」
『バイソン』から白石の声が飛ぶ。
「その体、純度の高い塩の結晶体だわ! 硬いけど、特定の振動には極端に弱いはず!」
「振動……?」
俺はバックステップで距離を取り、レンを見た。
「レン! 聞こえたか!」
「おうよ! 硝子細工みたいに砕けってか? 得意分野だぜ!」
レンが不敵に笑い、大きく息を吸い込む。
構えるのは、衝撃波による「破壊」ではない。
物質の固有振動数に干渉し、内部から崩壊させる「共鳴」だ。
「耳栓しときな! ……超高周波・共鳴粉砕ッ!!」
キィィィィィィィン――――!!
レンの口笛が、鼓膜をつんざくような超高音を奏でる。
その音は、俺たちには不快なノイズだが、巨人にとっては致命的な毒だった。
『ギ……ギギ……ガアアアアッ!?』
巨人の全身が激しく振動し始めた。
表面にピキピキと無数の亀裂が走り、構成している塩の結晶が悲鳴を上げる。
「今だカケル! 核が露出するぞ!」
ボロボロと崩れ落ちる巨人の胸部。
その奥に、黒く澱んだエネルギーの塊が見えた。あれが、こいつらを束ねている怨念の集合体だ。
「サンキュー、レン! あとは任せろ!」
俺は崩れゆく巨人の腕を駆け上がり、胸元へと跳躍した。
右手にありったけの「虚無」を圧縮する。
「悪夢は終わりだ。……土へ還れ」
俺の手が、黒い核を鷲掴みにした。
【虚無・魂魄解法】
ズンッ……!
衝撃音はなかった。
俺の力が核を飲み込んだ瞬間、巨人の動きがピタリと止まった。
そして次の瞬間、巨大な体がサラサラと白い砂となって崩壊した。
『……アリガトウ……』
最後に、重なり合ったいくつもの声が、安堵の溜息をついたように聞こえた。
俺は砂の山に着地した。
目の前には、ただの塩の山と、静寂だけが残っていた。
空を見上げると、澱んでいた空気が少しだけ澄んだように見える。
「……ふぅ。片付いたな」
レンが肩を回しながら歩み寄ってくる。
「まったく、とんでもねぇ墓場だぜ」
アリスがふらつきながら立ち上がり、砂山に向かって小さく手を合わせた。
「みんな、やっと眠れたみたい」
「よし。邪魔者は消えた」
ゲンゾウが『バイソン』を寄せる。
その先には、巨人が守っていた大穴――『原初の井戸』が、黒い口を開けて待っていた。
「行こう。この下が、俺たちの旅の終着点だ」
俺たちは再び車に乗り込み、竪穴の縁に沿って設置された、螺旋状のスロープ(作業用道路)へと進路を取った。
深く、暗い地の底へ。
100年の時を超え、全ての真実が眠る場所へ。




