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第87話:白き墓標



セキュリティを突破した『バイソン』は、かつての目抜き通りを中央へと進んでいた。


「……雪みたいだ」


窓の外を見て、アリスが呟く。

だが、ビルや路面を覆っている白い結晶は、雪のような冷たさも儚さもない。

それは、かつてこの街を沈めていた海水が干上がり、泥と共に固着した「塩」だ。

太陽の光を浴びてキラキラと輝くその光景は、皮肉なほどに美しく、そして絶望的だった。


「塩の街、か。……100年経っても腐らねぇわけだ」

レンが苦々しげに吐き捨てる。


街路樹は枯れ果て、塩の結晶を纏って白い珊瑚のようになっている。

放置された車両の列も、錆びついた鉄塊となり、白い棺桶のように並んでいた。


「……ここには、もう『失敗作』すらもいないのか?」

ゲンゾウが周囲を警戒しながらハンドルを切る。


「生体反応、ゼロ。……ここは完全に死んでるよ」

白石がモニターを見つめる。「バクテリアさえ生きていけない、塩と重金属の地獄だね」


やがて、視界が開けた。

ビルの森を抜けた先に現れたのは、かつて皇居と呼ばれた場所――の成れの果てだ。

広大な森と石垣に囲まれていたはずの敷地の中央、かつて宮殿があった場所が、ごっそりと抉り取られている。


「おいおい……城があった場所が、丸ごと穴になってやがる」


俺たちは『バイソン』を降り、巨大な竪穴ピットの縁に立った。

直径は500メートルほどだろうか。

だが、底が見えないほど深く、闇が口を開けている。

その壁面には、血管のようにパイプやケーブルが張り巡らされ、地下深くへと続いていた。


「『原初の井戸』……。この底に、例の施設があるんだな」


俺が穴の底を覗き込むと、右腕の「虚無」がドクンと強く脈打った。

呼んでいる。

この底にある何かが、俺という「鍵」が来るのを待っている。


「……ねえ、ちょっと変じゃない?」


白石が穴の周囲を取り囲むように設置された砲台群を指差した。

さっき通り過ぎた外周の警備ロボットたちとは違い、ここの砲台は厳重な装甲に覆われ、さらに大型だ。

だが、違和感の正体はそこじゃない。


「この砲台……銃口が全部、『穴の中』を向いてる」


「あぁ? 外からの敵を防ぐんじゃなくてか?」

レンが眉をひそめる。


「うん。……つまり、ここの防衛システムは『侵入者を防ぐ』ためじゃなくて、『中から出てくる何かを閉じ込める』ために存在してるってこと」


白石の言葉に、冷たい風が吹き抜けた気がした。

閉じ込める? 何を?

100年前、ここで何が起きて、何を封印しようとしたんだ?


「……カケル。底から……来る」


アリスが俺の袖を強く握りしめた。

彼女の顔が蒼白になっている。

「怒ってる……。すごく、お腹が空いてる……!」


その警告と同時だった。

穴の底、漆黒の闇の中から、ズズズズ……という地鳴りが響き始めた。

そして、白い何かが這い上がってくる。


「総員、戦闘用意ッ!」


ゲンゾウがショットガンを構える。

俺も黒い霧を両手に展開した。


現れたのは、巨大な「白鯨」のような怪物だった。

いや、違う。

それは無数の人間の死体や瓦礫が、白い泥と塩で固められてできた、醜悪な集合体ゴーレムだ。

大きさは『バイソン』の3倍はある。


『オ……オオォォォォ……!!』


怪物が咆哮すると、その体に埋め込まれた無数の「顔」が一斉に叫び声を上げた。

物理的な声だけじゃない。強烈な思念波が脳を直接揺さぶる。


「ぐっ……! うるせぇ!!」

レンが耳を押さえてうずくまる。


「『塩の巨人ソルト・ジャイアント』……! 旧時代の亡霊が、実体化したっていうの!?」

白石が解析不能のエラーに悲鳴を上げる。


「亡霊だろうが何だろうが……道を防ぐならぶっ壊すだけだ!」


俺は地面を蹴った。

足場は穴の縁、背後は奈落。

だが、退くわけにはいかない。この穴の底に、俺の求めていた答えがあるんだからな!


「行くぞレン! 援護しろ!」

「ちっ、耳鳴りがすんだよ! ……やってやる!」


死都の深淵を前に、最後の番人との戦いが幕を開けた。


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