第85話:座標の彼方
『バイソン』は夕暮れの荒野をひた走っていた。
背後を見るが、追っ手の気配はない。
あの研究所から這い出た「失敗作」の群れは、俺が放った「虚無」の波動に畏怖し、ただ立ち尽くして俺たちを見送っていた。
「……追ってこないね」
白石がサイドミラーを確認して呟く。
「ああ。あいつらは本能で悟ったんだろ。俺は餌じゃなくて、自分たちを消し去る天敵だってな」
俺はシートに深く体を沈めた。
心地よいエンジンの振動と、タイヤが砂利を噛む音だけが響く。
「それにしても……カケル、お前大丈夫か?」
ハンドルを握るゲンゾウが、バックミラー越しに俺を気遣う。
「100年前の因縁に、母親の真実だ。……いきなり詰め込まれて、参っちまうぞ普通は」
「……平気だと言えば嘘になるけどな」
俺は自分の手のひらを見つめた。
母さんが組織に囚われ、機械にされた理由。それが俺たちの血に流れる「因子」のせいだったとは。
だが、不思議と絶望はなかった。
「むしろスッキリしたよ。なんで俺だけが『虚無』なんて力を持ってるのか、その理由が分かったからな。……それに、母さんが最期に俺に託した意味も、やっと腑に落ちた」
バケモノになる前に、人間として終わらせてほしい。
それは単なる懇願じゃなく、適合者としての誇りを守るための、母なりの抵抗だったんだ。
「強いね、カケル」
アリスが隣で膝を抱えて言った。
「……悲しい匂いはするけど、もう迷子の匂いはしない」
「迷ってる暇なんてねぇよ。……システムは言ってた。『東へ行け』ってな」
俺は白石の方を見た。
彼女は膝の上でタブレットを展開し、研究所から持ち出したデータの解析を続けている。
「どうだ白石。その『東』ってのは、具体的にどこなんだ?」
「……出たよ。座標特定完了」
白石がタブレットをダッシュボードに固定し、地図を投影した。
現在地(大峡谷)から、さらに東へ。
かつて海があった場所、今は干上がった大陸棚の先。
「ここ。……旧時代の地名で『ロスト・トウキョウ』」
「トウキョウ……? 帝都のさらに東にか?」
「うん。100年前の大崩壊で沈んだと言われてた旧首都。……その地下深くに、巨大なエネルギー反応がある」
地図上の赤い点滅。
そこには『原初の井戸』という名称が付記されていた。
「原初の井戸、か。……名前からして、お前のその『泥』が湧き出してる場所っぽくねぇか?」
レンが地図を覗き込んで鼻を鳴らす。
「可能性は高いわ。……そこに行けば、全ての始まりと、この崩壊した世界をどうにかする方法が見つかるかもしれない」
白石の声には、確信めいた響きがあった。
「決まりだな」
ゲンゾウがニヤリと笑い、アクセルを踏み込んだ。
「ロスト・トウキョウまで、ノンストップで行くぞ。……長いドライブになりそうだ」
夜が来る。
満天の星の下、6輪の装甲車は一本道を突き進む。
母の因縁を越え、己の起源を知った今、俺たちの旅は新たなステージへと向かおうとしていた。




