第83話:黒い起源
「……オリジナル? 俺が?」
俺は眉をひそめ、カプセルの中の「黒い泥」を見つめた。
それは生き物のようにうねり、ガラス越しに俺の手のひらと重なろうとしている。
『訂正。生体反応にノイズあり。……個体識別、失敗』
合成音声が再び響き、モニターの表示が赤く点滅した。
『対象はオリジナルではありません。……当該個体は、オリジナルの因子を色濃く受け継いだ「適合者」と推測されます』
「適合者……。やっぱり、そういうことか」
白石がホッとしたように息を吐く。
「つまり、カケルくん自身が作られた存在じゃなくて……カケルくんの『血』そのものが、この泥と適合する因子を持ってるってことだね」
その時、カプセルの横にあったデータバンクが高速でログを流し始めた。
100年前の被験者リスト。そのトップに表示された名前に、俺は息を呑んだ。
『被験体A-01:相馬(SOMA)』
「……相馬。俺と同じ……いや、ご先祖様か」
俺は画面を睨みつけた。
100年前から、俺の家系はこの「黒い泥」の研究に関わっていたのか。あるいは、最初の実験体だったのか。
「……そうか。だから組織は、執拗に『相馬』の血を追っていたのか」
記憶の蓋が開く。
忘れるはずもない、あの「S棟」での悪夢。
機械と融合させられ、生体部品として扱われていた母さんの姿。
『私はもう、この施設の「一部」になってしまった』
母さんは適合者だったからこそ、あの施設全体を制御する「マザー・プラント」の核として利用されたんだ。
ただの電池じゃない。この「虚無」の力を制御できる唯一の血族だったから。
「……ふざけやがって」
ギリ、と奥歯が鳴る。
母さんが味わった10年間の地獄。
そして、それを終わらせるために、俺自身の「虚無」で母さんを消さなきゃならなかった、あの瞬間の感触。
『ありがとう……私の、自慢の息子……』
最期に母さんは笑ってくれた。
だが、俺の中でその傷が癒えることはない。
全ての元凶は、この100年前の実験から始まっていたんだ。
「……カケル」
アリスが心配そうに俺の服の裾を握る。
「……大丈夫だ」
俺はカプセルの中の泥に触れた(ガラス越しに)。
俺の中の「虚無」が共鳴する。
泥は嬉しそうに震え、そして急速に輝きを失い、乾燥したただの粉末へと変わっていった。
長い時を経て、同質の存在である俺に出会えたことで、その役目を終えたかのように。
『サンプル「ゼロ」、活動停止。……システムより、最終権限者にメッセージがあります』
モニターの表示が変わる。
『警告。この力は「星を喰らう病」であり、同時に「星を癒やす薬」でもある。……適合者よ。東へ行け。「器」は満たされなければならない』
「……また東かよ」
俺は苦笑した。ここが最果てだと思っていたが、どうやらここは中継地点に過ぎなかったらしい。
「星を喰らう病……。カケルくんの『虚無』のことかな?」
白石が不安げに俺を見る。
「さあな。だが、薬にもなるって言ってる」
俺はカプセルから離れ、仲間たちの方を向いた。
「母さんが命懸けで守り抜き……そして俺自身が背負うことになった力だ。この力のせいで不幸になったなんて、言わせてたまるかよ」
俺の迷いは消えていた。
自分の血のルーツを知り、母さんを苦しめた運命の正体を見たことで、逆に「俺は俺だ」という確信が深まった気がした。
「行こうぜ。ここに用はもうない」
俺たちが出口へ向かおうとした時だった。
研究所の奥、破壊されたゲートのさらに奥から、地響きのような唸り声が聞こえてきた。
ズズズズズ……。
「……おい、カプセルは『ほとんど空っぽ』だったよな?」
レンが冷や汗を流して振り返る。
「ここに入ってた他のヤツらは……どこに行ったんだ?」
その答えは、闇の奥から這い出てきた「異形」の群れが教えてくれた。
100年の飢えに耐え、共食いを繰り返して生き残った、失敗作たちの成れの果てが、新たな餌を求めて動き出したのだ。




