第81話:空翔ける野牛
「全員、舌噛むなよ! 歯ぁ食いしばれ!」
ゲンゾウがハンドルを強く握りしめる。
『バイソン』のエンジン回転数がレッドゾーンに突入し、車体が獣のように震える。
目の前にあるのは、断崖絶壁。
その先は数百メートルの虚空だ。
「距離、風向き、突入角……オールグリーン! いけるよ!」
白石がタブレットを見ながら叫ぶ。
「よし……行くぞッ!!」
ゲンゾウがアクセルを床まで踏み抜く。
キュルルルッ!!
6つの巨大なタイヤがアスファルトを噛み砕き、白煙を上げて急発進した。
背中がシートに押し付けられる強烈なG。
「うおおおおッ!!」
『バイソン』は砲弾のように加速し、橋の切れ端(ジャンプ台)へと突っ込んだ。
そして、大地が途切れる瞬間――
「今だ、カケル!」
「おうよ! 重力なんて置いていきな!」
俺は車内の天井と床に同時に手を突き、黒い霧を一気に展開した。
【虚無・質量軽減】
数トンあるはずの装甲車の重量が、俺の意識下で「羽毛」のように軽くなる。
フワッ……。
タイヤが地面を離れた瞬間、車体は重力から解き放たれ、放物線を描くどころか、空へ向かって吸い込まれるように浮き上がった。
だが、これだけじゃ足りない。軽くなっただけでは、風に流されて谷底へ落ちる。
必要なのは、向こう岸へ突き刺さるための「推進力」だ。
「レン! 点火だ!」
「合点! 特大の屁をかましてやるぜぇぇ!!」
レンが後部ハッチを開け、後方に向かって両手を突き出す。
そこに集束するのは、爆音の塊。
【音響推進】!!
ドォォォォォォンッ!!!
空気を叩く衝撃波が、軽くなった車体を背後から強烈に押し出した。
まるでロケットだ。
『バイソン』は真横に一直線に空を裂く。
「す、すごーい! 空飛んでるぅぅ!」
アリスが窓にしがみついて歓声を上げる。
眼下には深い霧の谷。
橋の街の住人たちが、豆粒のように小さく見え、あんぐりと口を開けているのが分かった。
あいつらから見れば、鉄の塊が空を飛んでいる異常事態だろう。
「対岸まであと50……30……来るよ!」
白石がカウントダウンする。
霧の向こうから、断崖の縁が迫ってくる。
だが、着地の衝撃もタダじゃ済まない。
「カケル! 重さを戻せ! グリップが効かねぇ!」
「了解! ……戻れッ!」
俺は着地の寸前、能力を解除した。
ズシンッ!
本来の数トンの重量が一瞬で戻る。
ドガァァァァンッ!!
6つのタイヤが対岸の大地を激しく叩いた。
サスペンションが悲鳴を上げ、車体が大きくバウンドする。
「ぐぅッ……!」
「うおっと!」
だが、ゲンゾウは暴れるハンドルを巧みに制御し、車体を横滑りさせながら急制動をかけた。
タイヤが土を削り取り、激しい土煙を上げて『バイソン』は停止した。
「……はぁ、はぁ。……着いたか?」
車内に静寂が戻る。
俺たちは互いに顔を見合わせ、生存を確認した。
「……へっ。寿命が縮むぜ」
レンがニヤリと笑う。
「計算通り……でも、心臓に悪い計算だね」
白石が胸を押さえて深呼吸している。
俺はドアを開けて外に出た。
そこは、谷を越えた向こう側。
風は止み、あたりは不気味なほどの静けさに包まれている。
そして、目の前には森に埋もれるようにして、巨大なコンクリートの建造物が佇んでいた。
老婆が言っていた「禁忌の実験場」。
錆びついたゲートには、色褪せた文字でこう記されていた。
『第08生体工学研究所 ――NEXUS――』
「……ここか」
俺の右腕が、今までになく熱く脈打った。
ここには、何かがいる。俺の過去か、それとも未来か。
俺たちは覚悟を決めて、禁断の扉へと歩き出した。




