第80話:対岸への鍵
「……捕まえたぜ」
俺は親機の背中にしがみつき、装甲の隙間に右手をねじ込んだ。
指先に触れたのは、熱く脈打つ動力炉だ。
だが、それはエンジンというより「心臓」に近い感触だった。
「ギシャァァァッ!!」
親機が狂ったように暴れ、背中の俺を振り落とそうとする。
鋭利な鎌が俺の脇腹を掠めるが、構わず「虚無」を流し込んだ。
【虚無・心臓掌握】
「……黙りな。スクラップの時間だ」
グシャッ!!
内部から破壊された動力炉が、一瞬の断末魔のようなスパークを上げ、そして沈黙した。
巨体が力を失い、ズルズルと橋の上に崩れ落ちる。
親機が活動を停止した瞬間、上空を飛び回っていた無数の蜻蛉たちが一斉に動きを止めた。
まるで糸の切れた人形のように、ふらふらと方向を見失い、やがて霧の深い谷底へと撤退していく。
「……逃げてった。本当にいなくなっちゃった」
アリスが空を見上げて呟く。
静寂が戻った。残ったのは風の音だけだ。
「おぉ……なんてことだ……」
「助かった……俺たちは助かったんだ!」
バリケードの陰から出てきた住民たちが、歓声を上げて駆け寄ってくる。
俺は親機の骸から飛び降り、軽く肩を回した。
「おい白石、これを見てくれ。……感触が変だったんだ」
俺に呼ばれ、バイソンから降りてきた白石が親機の残骸を覗き込む。
彼女はカバンから工具を取り出し、破壊した装甲の内部を調べ始めた。
「……うそ。これ、旧時代の技術じゃない」
白石の顔色が青ざめる。
「ベースは生物だわ。巨大化した昆虫の神経系に、ナノマシンを直接融合させてる。『サイボーグ』なんて生易しいもんじゃない……完全に制御された生体兵器よ」
「誰がこんなものを作ったんだ?」
ゲンゾウが眉をひそめる。
「……『神々』さ」
答えたのは、さっきの老婆だった。
彼女は杖をつきながら、忌々しそうに谷の向こう――霧に包まれた対岸を睨みつけていた。
「橋の向こうには、旧時代の研究施設があったと伝えられている。……人間が踏み込んではいけない『禁忌の実験場』だ。この虫たちは、そこを守る番犬なんだよ」
「禁忌の実験場、か」
俺は右腕をさすった。
さっき親機を壊した時、俺の「虚無」が共鳴した気がした。
あそこには、俺の力と同質の何かがある。
「……行くぞ。やっぱり目的地はあそこだ」
俺が決断すると、老婆は驚いて俺の袖を掴んだ。
「待っておくれ! 橋は落ちちまってるんだよ! どうやって渡るつもりだい?」
確かに、目の前の巨大吊り橋は中央で無惨に断裂し、数百メートルの空白が口を開けている。
普通の車では絶対に飛び越えられない距離だ。
だが、俺たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。
「ばあちゃん。……俺たちの相棒を、そんじょそこらの車と一緒にしないでくれよ」
ゲンゾウが『バイソン』の巨大な6つのタイヤを愛おしそうに蹴飛ばす。
「こいつは6輪駆動の化け物だ。道なき道を走るために生まれたんだよ」
「白石、計算は?」
「バッチリ。風速、距離、重量……全て計算済みだよ」
「レン、準備は?」
「いつでもいいぜ。……ロケットスタートだろ?」
俺は老婆のしわくちゃの手を優しく外し、言った。
「道がないなら、空を飛ぶだけさ」
俺たちは再び『バイソン』に乗り込んだ。
6つのタイヤが地面を噛み、エンジンが野獣のように唸りを上げる。
目指すは断崖絶壁。
この巨大な谷を飛び越え、霧の向こうの真実へ。




