第79話:羽音の群れ
ギチチチチ……ブォン!!
風切り音とは違う、硬質で不快な羽音が峡谷に反響する。
谷底の霧の中から現れたのは、編隊を組んだ「黒い影」の群れだった。
数は二百ほど。だが、その羽音は不気味に揃っている。
「虫……? いや、ドローンか?」
俺が目を凝らすと、それは体長1メートルほどの巨大な蜻蛉のような生物だった。
金属光沢を放つ体、赤く明滅する複眼。
機械と生物が融合したキメラ――『機甲蜻蛉』だ。
「ひぃぃッ! 出た! 『災い』だ!」
「総員、対空戦闘用意ッ! 網を張れ!」
集落の男たちが鐘を鳴らし、慌ててバリケードの上に巨大なワイヤーネットを展開し始める。
だが、蜻蛉たちはまるで一つの巨大な生き物のように動き、ネットの隙間を縫って急降下してくる。
「うわあああッ! 入ってくるぞ!」
「撃て! 撃ち落とせ!」
銃声が響くが、硬い甲殻に弾かれるばかりだ。
侵入した蜻蛉の一匹が、近くの男の肩を鋭利な脚で突き刺し、空へ連れ去ろうとする。
「させるかよッ!」
俺は足場の鉄骨を蹴り、空中で蜻蛉の背後に回り込んだ。
黒い霧を刃に変え、その首を刎ね飛ばす。
スパァンッ!
「……硬ってぇな!」
手応えが重い。中身まで金属繊維が詰まっている。
首を失った蜻蛉は男を離し、谷底へと墜落していった。
「カケルくん! 分析完了したよ!」
『バイソン』の中から白石が叫ぶ。
「あいつら、特定の周波数で命令を受信してる! 『親機』がどこかから全体を操ってるはず!」
「リーダーか……。どいつだ?」
俺は空を見渡す。群れのはるか後方、霧の中にぼんやりと一回り大きな影が見える。
距離にして300メートル以上。
あんな遠くじゃ、レンの大砲でも届かない。
「遠すぎるな。……こっちから行くのは無理だ」
俺が舌打ちすると、白石がニヤリと笑った。
「なら、こっちに来てもらおうか」
白石はタブレットを操作し、バイソンの通信アンテナを最大出力にした。
「広域ジャミング(妨害電波)、開始! 通信網を遮断して、あいつらを迷子にする!」
キィィィィィン!!
耳には聞こえない強力な電波干渉が放たれる。
その瞬間、整然と飛んでいた蜻蛉たちの動きがピタリと止まり、次の瞬間、酔っ払いのようにふらつき始めた。
同士討ちを始めたり、壁に激突したりと大混乱だ。
「よし! 指揮系統が切れた!」
すると、霧の奥にいた「親機」が動き出した。
部下のコントロールを失い、焦ったように高度を下げ、強い信号を発信しながらこちらへ近づいてくる。
ジャミングの発生源(俺たち)を直接排除しに来たのだ。
「……来たぜ。ノコノコと」
俺は鉄骨の影に身を潜めた。
親機は全長3メートル近い。羽の風圧だけで人が吹き飛びそうだ。
それが俺たちの頭上、高度20メートルまで降りてきた。
「今だ、レン!」
「おうよ! 地に堕ちろッ!!」
レンが隠れていた小屋の屋根から飛び出し、真上に向かって衝撃波を放つ。
ドォォン!!
「ギシャァッ!?」
不意打ちを食らった親機がバランスを崩し、橋の上へと墜落した。
ガシャァァン!!
鉄骨がひしゃげ、親機がのたうち回る。
「チェックメイトだ」
俺は砂煙の中から飛び出し、親機の背中に着地した。
右手にありったけの「虚無」を込める。
「そのデカい図体なら……中身もたっぷり詰まってそうだな!」
俺は親機の装甲を貫き、動力炉と思われる部分を鷲掴みにした。




