第74話:消化不良
「グルァァァッ!!」
捕食者が右腕のショベルを振り回す。
風を切る重い一撃。俺は紙一重でかわすが、背後の豪華な食卓が粉砕され、ガランドウの料理が床にぶちまけられた。
「おっと、食事のマナーがなっていないな」
ガランドウはグラス片手に優雅に避難している。
あいつ、高みの見物かよ。
「レン! 下手に撃つな! 吸われるぞ!」
「分かってるよ! チッ、音波が通じねぇならただのデカブツだ。やりづれぇな!」
レンが瓦礫を投げつけて牽制するが、捕食者はそれすらも腹のハッチを開いてバリバリと噛み砕いてしまう。
物理的な物体だろうがエネルギーだろうが、すべて「燃料」に変えてしまうのか。
「……聞こえる」
物陰で、アリスが耳を塞いで小さく震えていた。
「……あの中、いっぱいいる。……痛い、熱い、助けてって……バラバラの声が、無理やり一つにされてる」
アリスの言葉に、俺は怪物の胸部にある焼却炉を睨んだ。
下層で捨てられた人々、「再資源化」された魂の集合体。
母さんの時と同じだ。こいつらは命を部品としてしか見ていない。
「……胸糞悪ぃ作りしやがって」
俺の腹の底から、冷たい怒りが湧き上がってくる。
「オラァッ!!」
捕食者が左腕を伸ばし、俺を掴もうとする。
俺は逃げなかった。
あえて真正面から、その有機的な腕に向かって突っ込んだ。
「カケルくん!? 捕まるよ!」
白石の悲鳴。
俺は捕食者の巨大な手にガシッと掴まれた。
ミシミシと骨が鳴る音。
「ハハハ! 愚かな。自ら餌になりに行くとは!」
ガランドウが狂喜する。
捕食者は俺を掴んだまま、腹部のハッチを大きく開いた。
中では灼熱の炉心が渦を巻き、全てを溶かそうと待ち構えている。
「……いただきまーす、か?」
俺は締め上げられながらも、怪物の顔を見据えて笑った。
「いいぜ。俺を食えば、お前は最強になれるかもな。……ただし」
俺は全身の毛穴から、ありったけの黒い霧を噴出させた。
防御のためじゃない。攻撃のためでもない。
ただ純粋な「虚無」を、大量に垂れ流す。
「……腹を壊しても知らねぇぞ?」
ズボォッ!!
捕食者は俺ごと黒い霧をハッチの中に放り込み、蓋を閉じた。
ゴキュッ、という嚥下音が響く。
「ふふっ、消化プロセス開始! これで君の能力は私の――ん?」
ガランドウの笑顔が凍りついた。
捕食者の動きが止まる。
腹部から、ゴポッ、ゴポポ……という異様な音が聞こえ始めた。
「……あぅ……ガ……?」
怪物が苦悶の声を漏らし、腹を押さえる。
次の瞬間、頑丈なはずの装甲板が、内側から「侵食」されてボロボロと崩れ落ち始めた。
熱で溶けたのではない。
存在そのものが虫食いのように消えていくのだ。
「馬鹿な!? 炉心温度が低下……いや、消失している!? 何をしたんだ!」
ドォォォン!!
捕食者の背中から黒い霧が突き抜け、俺が中から飛び出した。
服は少し焦げたが、体は無傷だ。
逆に、俺を「消化」しようとした炉心の方が、俺の虚無に触れて消滅していた。
「……ごちそうさま。味のしねぇ飯だったな」
俺は床に着地し、肩の埃を払った。
背後で、エネルギー源を失った捕食者が、膝から崩れ落ちる。
バラバラだった部品の結合が解け、ただのスクラップの山へと還っていく。
「……ありがとう」
アリスがぽつりと呟いた。
「……声、消えた。みんな、静かになった」
どうやら、中に囚われていた魂たちも、虚無によって安らかに解放されたらしい。
「さあ、総督」
俺は黒い霧を纏ったまま、ガランドウへと歩み寄った。
「ペットはもうおネンネだ。……次は飼い主が責任を取る番だぜ」




