第72話:硝子ケースの観衆
最後の親衛隊員が、レンの音波で吹き飛ばされ、噴水の中に沈んだ。
戦いは終わった。
美しい庭園は見る影もなく荒れ果て、焦げた匂いが漂っている。
「ふぅ……。なんとか片付いたね」
白石がタブレットを操作し、周囲のセキュリティクリアを確認する。
俺は荒い息を吐きながら、沈黙した親衛隊員の死体を見下ろした。
こいつらも被害者だ。……だが、殺らなきゃ殺られていた。
パチ、パチ、パチ……。
不意に、乾いた音が響いた。
拍手だ。
それも一人じゃない。四方八方から、波のように押し寄せてくる。
「……は?」
俺たちが顔を上げると、周囲の高級マンションのバルコニーや、建物の窓から、この街の「市民」たちが顔を出していた。
彼らはグラスを片手に、笑顔で手を叩いている。
「ブラボー!」
「素晴らしいショーだったわ!」
「野蛮人の戦いを見るのは久しぶりだねぇ」
まるでオペラや闘技場の見世物を見たかのような反応。
目の前で人が死に、庭が破壊されたというのに、恐怖も悲鳴もない。
「なんだよ……こいつら」
レンが信じられないものを見る目で後ずさる。
「人が死んでんだぞ!? なんで笑ってんだよ!?」
「……現実感がないんだ」
ゲンゾウが憎々しげに市民たちを睨みつける。
「こいつらにとって、安全なガラスの向こうで起きる出来事はすべて『コンテンツ』なんだよ。下の階層の飢餓も、俺たちの殺し合いも、退屈を紛らわせる刺激でしかねぇ」
「……気持ち悪い。みんな、心が空っぽ」
アリスが耳を塞ぐ。
その言葉通りだ。彼らの笑顔は、親衛隊の無表情よりも恐ろしかった。
豊かな暮らしの代償に、人間として大切な感覚が麻痺して腐っている。
『素晴らしい! 実にエキサイティングだ!』
再びガランドウの声が空から降ってくる。
『君たちの強さには敬意を表そう。さあ、こちらへ来たれ。メインディッシュを用意して待っているよ』
ズズズズズ……。
広場の奥、総督府である巨大なタワーの基部から、一本の透明なチューブが伸びてきた。
空中に架かる、クリスタルの橋だ。
「……罠だろうな」
俺が言うと、白石が頷いた。
「エネルギー反応、特大のが一つ待ち構えてる。……でも、行くしかないよ」
「ああ。このクソみたいな劇場を閉館にしに行こうぜ」
俺たちは市民たちの拍手を背に、クリスタルの橋へと足を踏み入れた。
足元は遥か下の海まで透けて見える。
落ちれば即死。逃げ場のない一本道だ。
タワーの入り口、巨大な黄金の扉がゆっくりと開く。
その奥には、玉座に座るガランドウと、彼の背後に控える異様な影が見えた。
「……よう、総督。わざわざお出迎えとは恐縮だな」
俺は黒い霧を全身から立ち昇らせ、不敵に笑った。
ラストステージの幕が上がる。




