第70話:水晶の庭園
チン。
軽快な電子音と共に、エレベーターの扉が開く。
そこに広がっていたのは、目を焼くような「白」と「緑」の世界だった。
「……うわ、眩しっ。なんだここ」
レンが手で顔を覆う。
足元には大理石の舗道。手入れの行き届いた芝生と、色とりどりの花々。
頭上には、ドーム状の天井に映し出された完璧な青空と、暖かな人工太陽の光。
空気には、芳香剤のような甘い花の香りが漂っている。
「ここが最上層『居住区』……。下の工場とは別世界だね」
白石がタブレットを見ながら呟く。
通りを行き交う人々は、清潔な白い衣服を纏い、誰もが穏やかな表情で談笑している。
俺たちのような煤だらけの侵入者が現れても、彼らは悲鳴を上げなかった。
ただ、「汚いもの」を見る目で眉をひそめ、避けて通るだけだ。
「……気持ち悪いな。危機感ゼロかよ」
俺は黒い霧を警戒レベルで纏いながら歩き出した。
下の階では暴動が起きているというのに、ここでは鳥のさえずり(スピーカー音声)が流れている。
この完璧な平和は、誰かの犠牲の上に成り立っているという自覚すらないのか。
『ようこそ、薄汚れた英雄諸君』
突如、広場の中央にある巨大な噴水が停止し、そこから立体映像が立ち上がった。
シルクハットにタキシード、片眼鏡をかけた初老の紳士。
いや、紳士というには、その笑顔はあまりに歪で、爬虫類を思わせた。
「誰だ、あんた」
『私がこのアクア・ポリスの管理者、総督の「ガランドウ」だ。……下の階での余興、楽しませてもらったよ』
ガランドウと名乗った男は、優雅に一礼した。
「余興」だと? レオたちの命懸けの反乱を。
「……テメェ。人間を燃料にしておいて、よくそんなツラができるな」
俺が低い声で威嚇すると、ガランドウは心外だと言わんばかりに肩をすくめた。
『燃料? 違う違う。彼らは「リサイクル」されているのだよ。役立たずになったゴミを、エネルギーとして再利用する。これこそ究極のエコロジー、完全なる循環社会ではないか』
「……狂ってやがる」
ゲンゾウが吐き捨てる。
『君たちには特別に、私の住む「天上の宮殿」への招待状を送ろう。……もっとも、そこまで辿り着ければの話だがね』
ガランドウが指をパチンと鳴らすと、ホログラムが消滅した。
同時に、広場の四方から、純白のボディスーツに身を包んだ兵士たちが現れた。
手には高出力のレーザーライフル。動きに無駄がない。
「『親衛隊』か。下の警備兵とは装備のレベルが違うぞ!」
レンが前に出る。
親衛隊の一人が、機械的な音声で告げた。
「エリア汚染を確認。……害獣駆除を開始します」
「俺たちはネズミじゃねぇ! 狼だッ!」
レンが叫び、音波を放つ。
だが、親衛隊は一糸乱れぬ動きでエネルギーシールドを展開し、衝撃波を防いだ。
「防がれた!? 嘘だろ!」
「反撃」
ヒュンヒュンヒュンッ!!
一斉に放たれたレーザーが、雨のように降り注ぐ。
物理的な弾丸ではない。熱線だ。
「チッ、熱っ!」
俺は黒い霧を鏡のように展開し、レーザーを偏光・拡散させた。
だが、数が多すぎる。
「アリス、白石、下がってろ! こいつら、今までで一番厄介だぞ!」
美しい庭園が、一瞬で戦場へと変わる。
優雅なクラシック音楽が流れる中、俺たちは楽園の守護者たちと激突した。




