第7話:模倣の代償
日曜日の午後。俺の殺風景な1Kアパートに、場違いな客が来ていた。
「……お邪魔します」
白石が、借りてきた猫のように小さくなって部屋に入ってくる。
私服だと印象が変わる。地味なパーカーにロングスカートだが、素材が良いのか妙に品がある。
だが今の俺たちに、デートごっこをしている余裕はない。
「よし、始めようか。『実験』だ」
俺はベッドに腰掛け、白石に向き合った。
蔵木に対抗するには、俺自身の手札を増やす必要がある。
現状、俺が安定して使えるのは、白石から吸い上げた『不可視』の能力だけだ。
「私が……能力を出せばいいの?」
「ああ。少しだけ『消えたい』と念じてくれ。俺がそれをトレースする」
白石がコクリと頷き、目を閉じる。
彼女の輪郭が揺らぎ、存在感が希薄になる。
俺はその「波長」に、自分の中の空洞を合わせる。
(……来た)
ズズズ、と冷たい水が流れ込んでくる感覚。
『怖い』『隠れたい』『誰も私を見ないで』
彼女のコンプレックスが、俺の神経をジャックする。
その瞬間、俺の視界が少しだけモノクロになり、心音が遠くなった。鏡を見ると、俺の姿が背景に溶け込んでいる。
「……成功だ。今の俺は、誰からも認識されない」
だが、すぐに違和感が襲ってきた。
猛烈な自己否定の波だ。
「自分なんていない方がいい」という思考が、借金取りのように精神を追い詰めてくる。
「っ……ぐ、ぅ……!」
俺はたまらず膝をつき、能力を解除した。
荒い息を吐く。脂汗が止まらない。
「相馬くん!?」
「……はは、キツいな、これ」
俺は苦笑いで額を拭った。
「お前の能力を使っている間、お前の『メンタル』まで再現される。……よく平気だな、こんな気持ち悪い感覚を常時抱えてて」
「……私は、慣れてるから」
白石が悲しげに目を伏せる。
俺はペットボトルの水を一気に煽った。
判明したルールその1:
他人の能力を使うには、その「負の感情」もセットで引き受けなければならない。
長時間使い続ければ、俺の自我が耐えきれずに崩壊する可能性がある。
制限時間は、現状でせいぜい3分といったところか。
「でも、凄いよ」
白石がタオルを渡してくれた。
「私以外の人が『不可視』を使えるなんて、初めて見た。……相馬くんなら、私の代わりに何でもできちゃうね」
「買いかぶりすぎだ。……ん?」
ふと、違和感を覚えた。
部屋の空気が、ピリついている。
白石の『不可視』の影響じゃない。もっと物理的な、肌を刺すような殺気。
「伏せろッ!!」
俺は白石の肩を抱き、床に転がった。
パァン!!
乾いた破裂音と共に、さっきまで俺が座っていたベッドの枕が弾け飛んだ。
窓ガラスが割れている。
狙撃だ。
「きゃっ……!?」
「静かに。動くな」
俺は白石を庇うようにして、部屋の隅へ這う。
カーテンの隙間から外を見る必要はない。向かいのマンションの屋上か? いや、もっと遠くだ。
こんな距離から正確に狙撃できる能力。
そして、俺たちの居場所がバレているという事実。
「……蔵木の手駒か」
早すぎる。まだ週末だぞ。
だが、相手は待ってくれない。
「白石、俺の背中に捕まってろ。『不可視』を使う」
「で、でも、相馬くんの体が……!」
「死ぬよりマシだ。……3分で決着をつける」
俺は再び、白石の「孤独」を飲み込んだ。
吐き気をこらえ、世界から自分の姿を消す。
二発目の銃弾が、床を抉った。
敵は「遠距離」と「必中」のコンプレックスを持つスナイパー。
姿が見えなくても、気配や熱源で探知してくるタイプなら、『不可視』だけでは防ぎきれないかもしれない。
「……行くぞ」
俺たちは窓を蹴破り、外へと飛び出した。
「何でも屋(コピー能力)」vs「超遠距離狙撃」。
姿なき攻防戦が始まる。




