第69話:叛逆のスパナ
「侵入者だ! 撃て! 撃ち殺せ!」
制御室に看守たちの怒号が飛び交う。
だが、彼らが銃を抜くより速く、レンの音波攻撃が炸裂した。
「遅ぇよ! お前らの武器は全部『おもちゃ』だ!」
レンが指を鳴らすと、看守たちが手にしたスタンガンのバッテリーが一斉に破裂する。
感電して踊り出す看守たち。
俺はその隙間を縫って疾走し、リーダー格の男の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐべぇッ!?」
男が吹っ飛び、巨大なモニターに激突する。
制御室の機能が麻痺し、工場内の監視システムがダウンした。
「す、すげぇ……あっという間だ……」
穴から這い上がってきたレオが、呆気にとられている。
俺は瓦礫を蹴散らしながら、レオに尋ねた。
「そういえば、さっきのドローンがお前を『未登録』って呼んでたな。首輪をしてるのになんでだ?」
レオはスパナを握り直しながら、少し自慢げに鼻をこすった。
「……チップを焼き切ったんだよ。システムに登録されてると、過労死するまで働かされる。だから俺は、自分の存在をデータ上から消して『幽霊』として生きてきたんだ」
「へぇ。見かけによらず悪知恵が働くじゃねぇか」
俺はニヤリと笑った。
ただ従順な羊じゃない。こいつは自分の頭で考えて生き延びてきた「狼」の素質がある。
「おい、見てみろよ! 下の連中が!」
ゲンゾウがモニターを指差す。
制御室の制圧によって、工場内の監視カメラ映像が切り替わっていた。
ラインが停止し、看守たちが倒れたことで、今まで動かなかった労働者たちが顔を上げている。
彼らの目に、微かだが「光」が戻りつつあった。
「……みんな、怖がってるだけなんだ。誰かが最初の一撃を入れれば、変わるはずなんだ!」
レオが制御盤のマイクを掴んだ。
震える手。だが、彼は深呼吸をして叫んだ。
『聞こえるか! 409番が……じいちゃんが殺されそうになった! 俺はもう我慢しない! 制御室は俺たちが取った! 看守たちはもう動けない!』
工場のスピーカーからレオの声が響く。
『首輪なんて飾りだ! 俺たちは部品じゃねえ! 人間だろ!! 立ち上がれよ!!』
その叫びは、工場の轟音よりも強く、労働者たちの胸に突き刺さった。
一人の男が、近くにいた怯える看守を殴り飛ばした。
それを合図に、抑圧されていた怒りが爆発する。
「うおおおおおッ!!」
「俺たちの食い分を返せ!!」
暴動。
数千人の労働者が一斉に蜂起し、残った看守たちに雪崩れ込む。
「……へっ。いい声で鳴くじゃねぇか」
レンが満足そうに口笛を吹く。
これで中層エリアの混乱は決定的になった。治安局もこの数の暴動を鎮圧するには時間がかかるはずだ。
「カケルくん、エレベーターのロック解除できたよ! 上層へ行くなら今しかない!」
白石がコンソールから顔を上げる。
「よし、行くぞ。……レオ、お前はどうする?」
俺が聞くと、レオはマイクを置き、仲間たちの映像を見つめた。
「俺はここに残る。……じいちゃんや仲間たちを指揮しなきゃいけない。せっかく火がついたんだ、消させはしないさ」
レオは俺の方を向き、真っ直ぐな目をした。
「ありがとう、海賊さん。……あんたたちが『上』をぶっ壊してくれるって信じてるよ」
「ああ。任せとけ」
俺たちは拳を合わせ、短い別れを告げた。
少年は自分の戦場へ。俺たちはさらなる高みへ。
エレベーターが再び動き出す。
次はいよいよ最上層。
選ばれし者たちの住む、偽りの楽園の中心部だ。




