第68話:歯車の意地
「こっちだ。監視カメラの死角になってる旧整備通路がある」
レオが迷いなく薄暗いダクトの中を進んでいく。
背負われた老人は依然として意識が朦朧としているが、呼吸は安定していた。
「おい坊主。お前、いつからここで働いてるんだ?」
ゲンゾウが走りながら問う。レオは背中を向けたまま答えた。
「……生まれた時からだ。俺の親も、その親も『労働者』だった。ここでは、下の人間はずっと下のままだ」
「ふざけた話だ。技術ってのは人を幸せにするためにあるはずだろ」
ゲンゾウが忌々しげに吐き捨てる。
やがて、一行は配管が密集する狭い部屋に出た。
工場の制御室の真下にある、メンテナンススペースらしい。
「ここなら、一時的に追跡を撒けるはずだ。……白石さん、だっけ? これ、外せるか?」
レオが自分の首を指差す。
そこには、赤く点滅する金属製の首輪が食い込んでいた。
「『隷属の首輪』。……GPSと電気ショック機能付き。区画外に出たり、心拍数が異常上昇したりすると……」
「爆発する、か?」
俺が聞くと、レオは青ざめた顔で頷いた。
「最悪なセキュリティだね。……でも、構造は古い。私の端末でロック信号をジャミング(妨害)すれば、数秒間だけ機能停止できる。その隙に物理的に破壊して」
白石がタブレットを操作し始める。
「いくよ。……3、2、1、今!」
ピピッ。
首輪の赤い光が消えた一瞬。
「ふんッ!!」
ゲンゾウが巨大なワイヤーカッター(工具箱から出した愛用品)で、レオの首輪を断ち切った。
ガキンッ!
首輪が床に落ちる。レオは恐る恐る自分の首を撫で、安堵の息を吐いた。
「と、取れた……! 生まれて初めてだ……首が軽い……」
レオの目に涙が浮かぶ。
だが、感動に浸る間もなく、頭上の床――つまり制御室から、怒号と鈍い音が響いてきた。
『おい! 409番の処分はどうなった! なぜラインが止まっている!』
『サボっている奴は全員処刑だ! 連帯責任だぞ!』
ムチで肉を打つような音。
「……仲間たちがやられてる」
レオが拳を握りしめ、天井を見上げた。
「……どうする? 俺たちは上層へ行くのが目的だ。ここを無視して進むこともできるぞ」
俺があえて冷たく言うと、レオは俺を睨みつけた。
「俺は……逃げるだけじゃ嫌だ。あいつらは、俺の家族みたいなもんなんだ!」
「スパナ一本で、銃を持った看守に勝てるのか?」
「……勝てなくても、やるしかねぇだろ!」
レオがスパナを構え直す。
その目は、かつて帝都で戦った時のレンや、俺自身の目と似ていた。
弱いくせに、譲れないもののために牙を剥く目だ。
「……合格だ」
俺はニヤリと笑い、天井を指差した。
「道案内のお礼だ。……ついでにその『家族』も助けてやるよ」
「え?」
「俺たちは海賊だからな。……欲しい物は全部奪う主義なんだよ」
俺は膝を曲げ、天井に向かって跳躍の構えを取った。
「レン、派手に行くぞ!」
「合点! 天井ごとぶち抜こうぜ!」
ドゴォォォォンッ!!
俺とレンの同時攻撃が、メンテナンスルームの天井――制御室の床を粉砕した。
鉄板が捲れ上がり、俺たちは黒煙と共に「支配者」たちの目の前に躍り出た。
「な、なんだ貴様らは!?」
ムチを持った看守たちが、目を剥いてこちらを見る。
俺は瓦礫の上に立ち、ニカっと笑って宣言した。
「休憩時間だ、野郎ども。……労働組合の交渉に来てやったぜ」




