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第67話:楽園の燃料



「……暑いな。サウナかよここは」


レンが汗を拭いながら悪態をつく。

エレベーターを降りた俺たちが潜伏したのは、中層エリアの片隅にある廃棄パイプの集積所だった。

頭上には網の目のように蒸気パイプが張り巡らされ、絶え間なく機械の駆動音が轟いている。


「ここは『生産区画』。上層の市民たちが使う電気、水、食料……その全てを作ってる工場エリアだよ」


白石がハッキングした端末の画面を見せる。

地図上の赤い点は、無数に存在する「労働者ワーカー」たちを示していた。


「見てみろ。……あいつら、目が死んでやがる。まるで機械だ」


ゲンゾウが物陰から下のフロアを指差す。

ベルトコンベアの前で立ち尽くし、単純作業を繰り返す作業員たち。

彼らの首には太い金属の首輪が嵌められ、目は虚ろだ。


「……意識がないみたい」

アリスが怖がって俺の背中に隠れる。


その時、一人の痩せ細った老人の作業員が、ふらりと体勢を崩して倒れ込んだ。

過労か、栄養失調か。


ビーッ! ビーッ!


即座に警告音が鳴り、天井からアームのような機械が降りてくる。

「救護」ではない。アームは老人をゴミのように掴み上げ、ダストシュートの方へ運び始めた。


『警告。個体識別番号409。稼働効率低下。……「再資源化」プロセスへ移行します』


「再資源化だと……?」


俺は耳を疑った。

ダストシュートの先に見えるのは、赤々と燃える焼却炉――いや、生体エネルギー変換炉だ。

この街では、働けなくなった人間は「燃料」として燃やされるのか。


「ふざけるな……!」


俺が飛び出そうとした瞬間、アームのワイヤーが何者かによって切断された。


スパァンッ!!


「え?」


老人が床に落ちる。

その横に、一人の少年がスパナを握りしめて立っていた。

作業着は油まみれだが、その目だけは死んでいない。


「クソッ、逃げろ爺さん! 炉になんて入ってたまるかよ!」


少年は老人を背負おうとするが、すぐに警備ドローンが数機、蜂のように飛来した。


『反逆行為を確認。個体識別番号……該当なし。未登録のイレギュラー(不法滞在者)です。排除します』


ドローンの銃口が少年に向く。

少年はスパナを構えるが、震えている。死を覚悟した目だ。


「……あーあ。見ちゃいられねぇな」


俺はため息をつき、隠れ場所から飛び出した。

ここに来てまで、また「ゴミ扱い」される連中を見るのはうんざりだ。


「伏せてろ、ガキッ!」


俺は少年の前に滑り込み、右手を突き出した。

【虚無・拡散】。


ドォォォォンッ!!


放たれたドローンの銃弾ごと、俺の放った黒い霧が機体を飲み込む。

数機のドローンは一瞬で鉄屑へと変わり、バラバラと床に落ちた。


「なっ……あんた、誰だ!?」

少年が目を丸くして俺を見上げる。


「通りすがりのゴミ処理業者だ。……そっちこそ、命知らずだな」


俺がニヤリと笑うと、レンたちも降りてきた。


「あーあ、カケルくんが見つかっちゃった。強行突破決定だね」

白石が肩をすくめるが、その顔は楽しそうだ。


「おい坊主、怪我はないか?」

ゲンゾウが老人に水筒の水を飲ませる。


「あ、ああ……。あんたたち、上から来たのか? 治安局か?」


「いや。……俺たちは、このふざけた楽園をひっくり返しに来た海賊(仮)だ」


俺は少年に手を差し伸べた。

「案内してくれよ。この街で一番偉い『総督』様のところへな」


少年は少し迷った後、俺の手を強く握り返した。


「……俺はレオ。ここの整備工だ。……あんたたちが本気なら、俺も賭けるよ」


工場の蒸気の中、新たな歯車が噛み合った音がした。

反乱の狼煙は、この薄汚れた工場から上がる。


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