第63話:錆びた聖域
「ここが私たちの街だ」
ナギに案内され、俺たちは「壁」の向こう側へと足を踏み入れた。
そこは、座礁した巨大タンカーの内部をくり抜いて作られた、鉄の迷宮だった。
錆びた甲板をつなぐ吊り橋。船室を利用した住居。
薄暗い空間に、ランタンの暖色の明かりが灯り、子供たちが走り回っている。
「すげぇ……秘密基地みたいだ」
レンがキョロキョロと辺りを見回す。
「カケルくん!」
タタタッと駆け寄ってきた白石が、少し照れくさそうに俺の袖を掴んだ。
「……あの、名前。変じゃなかった?」
上目遣いで聞いてくる。
帝都ではずっと「相馬くん」だったから、少し勇気が要ったんだろう。
「いや。……そっちの方が呼びやすくていい」
俺がそっけなく、でも肯定して答えると、白石は「えへへ」と花が咲くように笑った。
……うん、やっぱり調子狂うな。
「で、ナギ。さっき言ってた『追放』ってのはどういうことだ?」
俺は話題を戻し、前を歩くナギに問いかけた。
ナギは居住区の奥、古びた海図が貼られた作戦室(元船長室)へ俺たちを通した。
「『アクア・ポリス』は、完全自給自足の海上プラントだ。だが、そのキャパシティには限界がある」
ナギが海図の一点を指差す。
「あそこに入るには『市民権(ID)』が必要なんだ。そして、その市民権を得られるのは、遺伝子レベルで優れた人間か、特殊な技能を持つ者だけ」
「……選別、か。どこに行っても同じだな」
ゲンゾウが苦々しく呟く。
「私たちは『不適合者』として追い出された。病気を持っていたり、能力が低かったり……理由は様々だ。ここにあるのは、そんなゴミ捨て場から這い上がってきた連中の吹き溜まりさ」
ナギが悔しそうに唇を噛む。
彼女自身も、何か理由があって追放されたのだろう。
「でも、俺たちはそこに行きたいんだ。水と電気、それに……美味い魚のために」
俺が言うと、ナギは呆れたようにため息をついた。
「あんた、バカなのか大物なのか分かんないね。……正面から行っても、自動防衛砲台の餌食だぞ」
「だから、あんたの力を借りたい。ここを追い出されたなら、抜け道とか弱点を知ってるんじゃないか?」
俺が持ちかけると、ナギは少し考え込み、鋭い目で俺たちを見渡した。
「……取引だ。情報をやる代わりに、一つ頼みがある」
「なんだ?」
「最近、海から『海賊』が上がってくる。アクア・ポリスの下請けで、私たちのような不法居住者を狩って回る連中だ。……そいつらを撃退するのに協力してくれ」
「用心棒か。……お安い御用だぜ」
レンが指を鳴らす。
俺もニヤリと笑って頷いた。
「交渉成立だ。……その海賊とやらを片付けて、楽園への切符を手に入れるぞ」
その時、船内放送のスピーカーからノイズ混じりの警報音が響いた。
『警戒! 警戒! 南西の海上より、所属不明の高速艇が接近中! 数は3!』
「噂をすれば、か」
ナギがライフルを掴んで立ち上がる。
「来たぞ、海賊『ブラック・フィン』だ! 総員、戦闘配置!」
俺たちは顔を見合わせた。
荒野の次は海。
船上の戦いが幕を開ける。




