第61話:鉄の墓標
「……おい、潮の匂いがしねぇか?」
窓を開けていたレンが鼻をひくつかせた。
南へ走り続けて数日。景色は赤茶けた荒野から、白く乾いた大地へと変わっていた。
「気圧配置も変わってる。湿度が上がってるよ」
白石がモニターを見ながら頷く。
そして、その瞬間は唐突に訪れた。
小高い丘を越えた先。
俺たちの視界が、圧倒的な「青」に染め上げられた。
「うおぉぉぉッ!! すげぇぇぇ!!」
レンが身を乗り出して絶叫する。
海だ。
地平線の彼方まで続く、巨大な水たまり。本で見た通りの海がそこにあった。
「きれい……。キラキラしてる」
アリスが目を奪われている。
だが、感動したのは一瞬だった。
俺たちが近づくにつれ、海岸線の異様な光景が露わになったからだ。
「……なんだありゃ。船か?」
波打ち際を埋め尽くしていたのは、白い砂浜ではなかった。
赤錆びた鉄の巨体だ。
タンカー、軍艦、貨物船。
大小様々な船が座礁し、折り重なるように積み上げられて、巨大な鉄の壁を作っていた。
「『船の墓場』だな」
無線からゲンゾウの声が響く。
「旧時代、汚染から逃れようとした連中が海へ出ようとして……結局、どこにも行けずにここで朽ち果てたんだ」
俺たちは『バイソン』を停め、その鉄の壁を見上げた。
高さ30メートルはあるだろうか。波の音と一緒に、ギシギシと鉄が軋む音が聞こえる。
「ここを越えなきゃ、海には出られないし、水上都市も見つからないね」
白石が困った顔をする。
道はない。あるのは錆びた迷路だけだ。
「登るしかねぇな」
俺は車を降り、錆びた船腹に手をかけた。
その時だった。
ヒュンッ!!
風を切る音と共に、俺の足元の地面が弾け飛んだ。
銃撃だ。
「敵襲! 2時の方向、船の上!」
レンが即座に反応し、アリスを庇って物陰に滑り込む。
俺が見上げると、座礁した軍艦の甲板に、ボロ布を纏った人影が立っていた。
長い銃身のスナイパーライフルをこちらに向けている。
「……警告する。ここから先は『鉄屑の聖域』だ」
拡声器越しの声。女の声だ。
「余所者は立ち去れ。さもなくば、その車ごとスクラップにする」
「いきなり撃ってきて挨拶もなしかよ!」
俺は黒い霧を盾にして叫び返した。
「こっちは観光に来ただけだ! 通してくれれば何もしねぇよ!」
「観光? ……この死の世界で、そんなふざけた嘘をつく奴は信用できない」
カシャッ。
次弾が装填される音が響く。
どうやら交渉決裂らしい。
「面倒くせぇ門番だな。……レン、白石。車を守れ」
「どうするの?」
俺はニヤリと笑い、足に黒い霧を纏わせた。
【虚無・質量軽減】。
重力を無視した軽やかさで、俺は垂直に近い船の側面を駆け上がった。
「直接、挨拶しに行ってやるよ!」
「なっ……!?」
頭上のスナイパーが動揺するのが見えた。
悪いが、高いところにいるからって安全だと思ってる奴には、教育が必要だ。




