第60話:ドリフターズ・ハイ
「ヒャッハーー!! 見ろよカケル! 今日は大当たりだぜぇ!」
爆音を響かせる『バイソン』の屋根で、レンが歓喜の声を上げる。
俺たちの目の前には、見渡す限りの「鉄の群れ」が広がっていた。
旧時代の高速道路跡地。そこに巣食っていた武装盗賊団『マッド・ドッグス』の車列が、今はスクラップの山と化して黒煙を上げている。
「……うるせぇな。耳元で叫ぶな」
俺は運転席でハンドルを握りながら、気怠げにアクビをした。
かつては助手席専門だったが、最近は交代で運転も覚えた。荒野のドライブは、退屈しのぎにはちょうどいい。
「だってよぉ! こいつら、希少な『水タンク』を3つも積んでやがったんだぞ! これで一週間はシャワー浴び放題だ!」
「水は大事に使えって、ゲンゾウさんに怒られるよ」
後部座席で白石が苦笑いしながら、タブレットで戦利品のリストを作っている。
帝都崩壊から3ヶ月。
俺たちは特定の拠点を持たず、西の荒野をさまよう「漂流者」として生きていた。
「おい、若造ども! 油売ってねぇで積み込みを手伝え! ラジエーターがイカれちまうぞ!」
無線からゲンゾウの怒鳴り声が飛んでくる。
彼は奪った盗賊のトラックをすでに改造し、予備パーツの運搬車として運転している。60過ぎとは思えないバイタリティだ。
「はいはい。……アリス、周辺の警戒はどうだ?」
助手席のアリスが、双眼鏡(のような形をした自作の集音器)を下ろして頷いた。
「うん。……悪い声、もうしない。みんな逃げてった」
「よし。じゃあ、いただくとするか」
俺たちは車を降り、盗賊団の残骸を漁り始めた。
帝都では「悪」だった略奪も、ここでは正当なサバイバルだ。襲ってきたのは向こうだし、返り討ちにして資源を奪うのは荒野のルール(礼儀)だ。
「カケル、見て。変な地図」
アリスが盗賊のリーダーらしき男の懐から、一枚の電子ペーパーを見つけてきた。
油で汚れているが、そこには荒野の地図と、南の海岸線に赤い印がつけられている。
「……なんだこれ。『アクア・ポリス』?」
印の場所に記された文字。
白石がそれを覗き込み、目を丸くした。
「聞いたことある……! 荒野の伝説の一つだよ。汚染された海の上に作られた、巨大な人工浮遊都市。そこには旧時代のプラントが生きてて、真水も電気も使い放題なんだって」
「へぇ、夢のような場所だな。……で、実在すんのか?」
「眉唾だけどね。でも、この盗賊たちはそこを目指して移動してたみたい」
俺は西の空を見上げた。
あてのない旅も悪くないが、そろそろ次の目的地が欲しかったところだ。
母さんを弔い、過去を精算した俺には、もう「やらなきゃいけないこと」はない。
だからこそ、「やりたいこと」を探している。
「海か。……俺、本物の海って見たことねぇな」
「俺もだ! テレビの映像でしか知らねぇ!」
レンが目を輝かせて食いつく。
「じゃあ、決まりだな」
俺は電子ペーパーを懐にしまい、ニヤリと笑った。
「次の行き先は南だ。……伝説の『水上都市』とやらを拝みに行こうぜ」
「賛成! 海鮮丼食べたい!」
「アリスも! お魚!」
「ったく、お前らは遠足気分か……」
呆れるゲンゾウを尻目に、俺たちは再び『バイソン』に乗り込んだ。
エンジンが唸りを上げる。
帝都の曇り空とは違う、突き抜けるような青空の下、俺たちは南へと舵を切った。




