第59話:聖域の落日
ウゥゥゥゥゥ……!!
施設内にけたたましいサイレンが鳴り響く。
『警告。炉心融解プロセスを開始。総員、直ちに退避してください』
無機質なアナウンスが繰り返される中、俺たちは来た道を全力で逆走していた。
「あと7分だ! 走れ走れ!」
ゲンゾウが年齢を感じさせない速さで先頭を走る。
娘の死を知り、全てを吹っ切った男の背中は力強かった。
「カケル、右から来る!」
アリスの警告。
通路の曲がり角から、制御を失った警備ロボットたちが溢れ出てくる。
「邪魔だッ!」
俺は立ち止まらず、走りながら黒い霧を散弾のように撃ち放った。
もはや精密操作などいらない。
これから消え去る場所に、遠慮なんて必要ない。
ドォォン!!
ロボットたちが爆散し、道を塞いでいた瓦礫ごと消滅する。
今の俺は、今までで一番強い気がした。
迷いがない。「守るために壊す」という明確な意思が、虚無の牙を鋭く研ぎ澄ませている。
レンが援護射撃で天井のパイプを撃ち抜き、蒸気の壁で追手の視界を奪う。
白石がハッキングで防火シャッターを誤作動させ、敵の群れを分断する。
完璧な連携だ。
「出口が見えた! 『バイソン』だ!」
エントランスホールのガラスを突き破り、俺たちは外の砂漠へと飛び出した。
待機させていた装甲車に雪崩れ込む。
「レン、出せ!」
「合点承知!」
『バイソン』がタイヤを空転させ、ロケットスタートで急加速する。
背後で、白亜の研究所が不気味に輝き始めた。
「……来るぞ。伏せろ!」
ズズズズズ……
大地が揺れる。
次の瞬間、音よりも先に強烈な閃光が走った。
カッッッ!!!!
ドゴォォォォォォォォンッ!!
巨大な火柱が天を突き刺す。
衝撃波が砂嵐となって襲いかかり、『バイソン』の車体を激しく揺さぶった。
だが、レンはハンドルを離さない。
俺たちは爆風を背に受けながら、ひたすらに荒野を駆け抜けた。
数分後。
俺たちは安全圏まで離れた小高い丘の上で、車を停めた。
車外に出ると、遠くの地平線に巨大なキノコ雲が上がっていた。
かつて母さんが囚われ、多くの命が消費された地獄の工場は、跡形もなく消え去っていた。
「……あばよ」
ゲンゾウが懐から取り出した娘の写真を、ライターで燃やし、風に乗せる。
「……ありがとう、母さん」
俺もまた、心の中で静かに別れを告げた。
不思議と、涙はもう出なかった。
胸にあるのは、ぽっかり空いた穴ではなく、確かな温もりだった。
「さて……これからどうする、リーダー?」
白石が地図を広げる。
帝都は崩壊し、研究所も消えた。
俺たちを縛るものは、もうこの世界に何もない。
俺は広大な荒野を見渡した。
西へ行けば、まだ見ぬ生存者たちの集落があるかもしれない。
北へ行けば、旧時代の遺産が眠る凍土があるらしい。
南へ行けば、海が見られるそうだ。
「……そうだな」
俺は空を見上げた。
雲の隙間から、青空が覗いている。
「どこへでも行けるさ。俺たちは自由なんだから」
俺たちの旅は終わらない。
むしろ、ここからが本当の「冒険」の始まりだ。




