第55話:硝子の揺り籠
ガシャンッ!!
金属がひしゃげる音が響く。
飛びかかってきた警備犬の頭部を、俺は黒い霧を纏った裏拳で叩き潰した。
装甲が飴細工のように消滅し、胴体だけになったロボットが床を滑って火花を散らす。
「こいつら、動きが単調だ。帝都の『蜘蛛』に比べりゃ可愛げがあるぜ!」
レンが口笛を吹きながら、音波の弾丸で3体まとめて壁に叩きつける。
所詮は無人防衛システム。実戦をくぐり抜けてきた俺たちの敵ではない。
「……先を急ぐぞ。増援が来る前に」
俺たちはスクラップの山を越え、奥の通路へと走った。
ゲンゾウが震える指でセキュリティロックを解除していく。
「この先はB棟……『培養プラント』だ。そこを抜ければS棟への近道になる」
重い気密扉が開く。
そこは、青白い照明に照らされた極寒の空間だった。
「うっ……寒っ」
白石が身を震わせる。
だが、寒さの原因は気温だけではなかった。
「……な、なにこれ」
アリスが目を見開き、呼吸を止める。
通路の両脇には、巨大な円筒形の水槽がずらりと並んでいた。
その数は百、いや千か。
淡い緑色の液体で満たされた水槽の中に浮かんでいるのは――。
「人間……?」
胎児のような小さなものから、成人サイズまで。
管に繋がれ、眠るように浮かぶ無数の「人」たち。
だが、どれもどこかが欠損していたり、異形だったりする。
「ここは『人造能力者』の製造ラインだ」
ゲンゾウが苦渋の表情で語り始めた。
「帝都は、天然の能力者(特異点)が生まれるのを待てなかった。だから、優秀な『オリジナル』の遺伝子を使って、人工的にコピーを作ろうとしたんだ」
「オリジナル……?」
俺は一番手前の水槽に近づいた。
プレートには『Code: K-Clone / Failure(失敗作)』と刻まれている。
水槽の中の人物は、どことなく俺に似た面影を持っていた。
「……冗談だろ」
吐き気がした。
ここにいるのは全員、俺や母さんの遺伝子を弄くり回して作られた「模造品」なのか。
俺が「不燃ゴミ」なら、こいつらは生まれることすら許されなかった産業廃棄物かよ。
「ひどい……。命をなんだと思ってるの」
白石が口元を押さえる。
「俺の娘も……最初はただの孤児だった。だが、適合率が高いって理由でここに連れてこられ、素体にされたんだ」
ゲンゾウが拳を握りしめ、涙を流す。
「俺は……自分の娘が実験材料にされるのを、ただ見てるしかできなかった。臆病者だったんだよ」
「……自分を責めるのは後にしろ」
俺は水槽から目を背け、前を向いた。
これ以上見ていたら、怒りで頭が沸騰して施設ごと消し飛ばしてしまいそうだ。
だが、まだ助け出すべき人がいる。
「行くぞ。このふざけた工場の電源を落としにな」
俺たちは死んだように眠る「兄弟」たちの回廊を抜け、最奥の扉へと向かった。
「……待って」
S棟への連絡通路に入ろうとした瞬間、アリスが鋭く声を上げた。
「……扉の向こう。誰かいる」
「警備兵か?」
「ううん。……すごく静かで、冷たい人」
アリスの警告と同時だった。
鋼鉄の扉が、内側から「凍りつき」、粉々に砕け散った。
パリーンッ!!
舞い散る氷の結晶の中から、一人の白衣を着た男が姿を現す。
青ざめた肌に、感情のない瞳。
その手には、氷の剣が握られている。
「侵入者を確認。……S棟への立ち入りは許可されていません。直ちに排除します」
その顔を見て、俺は息を呑んだ。
さっきの水槽で見た「失敗作」たちとは違う。
完成された、冷徹な殺意。
そして何より、その顔は――鏡を見ているかのように、俺と瓜二つだった。
「……マジかよ。ドッペルゲンガーってやつか?」
レンが引きつった笑いを漏らす。
俺のクローン。しかも、「氷」の能力を持った完成品。
最悪の門番が、俺たちの前に立ちはだかった。




