第51話:隻眼の逃亡者
「俺の名はゲンゾウ。……かつては帝都の『第0支部』への補給列車を整備していた技師だ」
安酒の入ったグラスを傾けながら、隻眼の男はしわがれた声で言った。
周りの客は酔っ払って騒いでいるが、俺たちのテーブルだけ空気が冷たい。
「補給列車の技師ねぇ。……ってことは、西へのルートを知ってるのか?」
レンが疑わしげに目を細める。
ゲンゾウは懐から旧式のメモリーチップを取り出し、テーブルに置いた。
「ルートだけじゃねぇ。あの研究所は『汚染障壁』で守られてる。これがないと、近づいただけで車両ごと溶解しちまうぞ。こいつは、そのバリアを中和する識別コードだ」
「なるほど。通行手形ってわけか」
俺はチップを手に取ろうとしたが、ゲンゾウは素早くそれを手で覆った。
「条件がある。俺を第0支部まで連れて行け。……俺にも、あそこに忘れ物があるんだ」
「忘れ物?」
「ああ。……俺の娘だ。10年前に『検体』として連れて行かれた」
その言葉に、アリスがピクリと反応した。俺とレンも顔を見合わせる。
娘を取り戻すために、帝都を裏切ってコードを盗み出したか。動機としては十分だ。
「……いいだろう。商談成立だ」
俺が手を差し出した時だった。
バンッ!!
酒場の扉が乱暴に蹴破られ、砂埃と共に殺気立った男たちが雪崩れ込んできた。
全身に入れ墨を入れた巨漢たち。手には改造銃やチェーンソーを持っている。
この辺りを仕切る賞金稼ぎ集団『ハイエナ』だ。
「おいおい、見つけたぞぉ! 帝都のお尋ね者、ゲンゾウだ!」
リーダー格の男が下卑た笑いを浮かべ、ゲンゾウを指差す。
「その首だけで、水1年分だ! 抵抗するならミンチにしてやる!」
酒場の客たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
ゲンゾウが青ざめて腰を浮かせた。
「くそっ、嗅ぎつけられたか……! あんたたち、逃げるぞ!」
「座ってな、爺さん」
俺はゲンゾウの肩を押し戻し、ゆっくりと立ち上がった。
せっかくの商談を邪魔されたんだ。機嫌は最悪だ。
「……おい、そこのでくの坊たち」
俺が声をかけると、ハイエナたちが一斉にこちらを見た。
「あぁ? なんだテメェは。死にたいのk――」
ドガッ!!
俺は瞬時に間合いを詰め、リーダーの顔面をテーブルに叩きつけた。
テーブルが真っ二つに割れ、男はピクリとも動かなくなる。
「なっ……兄貴!?」
「テメェら、ここをどこだと思ってる。食事中だぞ」
俺の手から黒い霧が立ち上る。
店を壊すと弁償が面倒だ。ここは「精密に」いく。
「レン、右はやれ」
「了解。鼓膜だけ潰すわ」
レンが指を鳴らすと、右側にいた手下たちが一斉に耳を押さえてのたうち回った。
残った左側の連中が俺にチェーンソーを振り下ろす。
「死ねェッ!!」
「……うるさい」
俺はチェーンソーの刃を素手で掴んだ。
【虚無・局所消失】。
高速回転する刃が、俺の掌に触れた瞬間に消滅していく。
男は柄だけになったチェーンソーを持って呆然としている。
「へ……?」
「武器の手入れがなってないな。刃がないぞ」
俺は男の腹に軽い前蹴りを入れ、店の外まで吹き飛ばした。
戦闘時間、わずか10秒。
酒場には静寂だけが戻った。
「……化け物か、アンタらは」
ゲンゾウが口をあんぐりと開けている。
俺はリーダーの懐から財布を抜き取り、カウンターに放り投げた。
「マスター、テーブル代だ。釣りはいらねぇ」
そして、アリスの手を引いて出口へと向かう。
「行くぞ、ゲンゾウ。モタモタしてると、もっと面倒な連中が湧いてくる」
「お、おう……!」
慌てて追いかけてくる隻眼の技師。
これで道案内と「鍵」は手に入った。
西へのルートが確定した瞬間だった。




