第48話:狼たちの挽歌
帝都の崩壊から3日が過ぎた。
「平和が訪れた」なんて言うのは、おとぎ話の中だけだ。
「おい! そっちの倉庫は俺たちが先に見つけたんだ! どけ!」
「うるせぇ! 力のある奴が総取りだ。それが新しいルールだろ!」
街の至る所で略奪と暴動が起きていた。
治安維持部隊という「蓋」を失った帝都は、欲望と暴力が渦巻く無法地帯と化している。
抑圧されていた市民や能力者たちが、タガが外れたように暴れ回っているのだ。
「……ひどい有様だな。前より悪化してんじゃねぇか」
ビルの屋上からその惨状を見下ろし、レンが煙草(のような代用品)をふかして嘆く。
俺たちは郊外の廃工場を臨時の拠点にしていた。
「秩序が消えれば混沌が来る。神宮寺の言っていた通りになった、とも言えるね」
俺は缶コーヒーを開けながら呟く。
結局、俺たちがやったことは正しかったのか?
その答えはまだ出ない。
「ねえ、二人とも。ちょっといい?」
奥で解析作業を続けていた白石が、深刻な顔で手招きをした。
彼女はタワーから脱出する直前、神宮寺のメインサーバーから「あるデータ」を抜き取っていたらしい。
「デコード(暗号解読)が終わったの。……相馬くん、君のお母さんの情報があったよ」
「っ!?」
俺は弾かれたように白石の元へ寄った。
母さんは、俺が幼い頃に死んだはずだ。
組織の追手から逃げる途中、俺を庇って――。
「……生きてる可能性が高いわ」
白石がモニターに地図を表示する。
帝都の遥か西。汚染された荒野を越えた先にある、旧時代の遺跡マーク。
「『研究所・第0支部』。神宮寺の個人ログによると、お母さんは『検体:K』を連れて脱走した後、一度捕縛された。でも殺されずに、この第0支部に幽閉されている……いえ、『何か』の研究に使われているみたい」
「『検体:K』ってのは……俺のことか」
「うん。組織内での君の識別コード。……神宮寺はそこを『聖域』と呼んで、極秘に物資を送っていた形跡がある」
俺の中で、燻っていた火種が再び燃え上がった。
母さんが生きている。
そして、まだあの組織の亡霊に囚われている。
「……行くぞ」
俺は即答した。
「帝都の喧嘩は終わった。次は、俺自身の落とし前をつける番だ」
「西の荒野か。……噂じゃ、凶暴な変異生物や、帝都よりヤバい武装集団がウヨウヨいるって話だぜ?」
レンがニヤリと笑い、愛用の音波発生装置を整備し始める。
「退屈しなくて済みそうだ」
「アリスも行く。……カケルの行くところ、どこでも」
アリスが俺の袖を掴む。
当然だ。置いていく気なんて更々ない。
「よし。……出発は今夜だ。必要な物資をかき集めて、この腐った街とおさらばするぞ」
俺たちは地図を見つめた。
西へ。
かつて文明が栄え、今は死の世界と化した未知の荒野へ。
俺たちの新しい旅、「荒野編」の始まりだ。




