第44話:白き断罪
会話は終わった。
俺は問答無用で踏み込んだ。
全身の毛穴という毛穴から黒い霧を噴き出し、それを巨大な顎のように変形させる。
相手はこの国の支配者だ。手加減などできるはずがない。最初から最大出力で叩き潰す。
「消え失せろ!!」
俺の怒号と共に、漆黒の顎が神宮寺を椅子ごと飲み込んだ。
【虚無・捕食】。
物質、エネルギー、あらゆるものをゼロに還す俺の最強の一撃。
ガラス張りの司令室が激しく振動し、黒い嵐が吹き荒れる。
やったか?
いや、手応えがない。
飲み込んだはずの空間から、異様な「熱」を感じる。
「……乱暴だな。これが君の答えかね」
黒い霧の内側から、まばゆい光が漏れ出した。
それは瞬く間に広がり、俺の「虚無」を内側から焼き尽くしていく。
「な……俺の霧が、消された!?」
霧が晴れた後、そこには傷一つない神宮寺が立っていた。
彼の周囲には、幾何学模様を描く光の輪が浮遊している。
それはバリアのようであり、同時に攻撃的な意志を持って脈打っていた。
「私の能力は【天啓】。この領域における物理法則を、私の意思一つで書き換える力だ」
神宮寺が人差し指を軽く振る。
それだけで、俺の体に凄まじい衝撃が走った。
見えない巨人の拳で殴られたかのように、俺は後方へと吹き飛ばされ、強化ガラスの壁に叩きつけられる。
「ぐはっ……!」
「カケル!」
レンが叫び、音波のカッターを放つ。
しかし、神宮寺は見向きもしない。
音の刃は彼の目の前でピタリと止まり、ガラスが割れるように粉砕された。
「騒々しい。静粛にしたまえ」
神宮寺の言葉が、物理的な圧力となってレンを襲う。
レンはその場に縫い付けられたように動けなくなり、苦悶の表情で床に膝をついた。
「くそ……音が、出せねぇ……! 空気が固まってやがる……!」
「無駄だよ。この部屋の空気、重力、エネルギーの流れ。全ては私の支配下にある」
神宮寺は空中を歩くように、床から数センチ浮き上がりながら近づいてくる。
その姿は、まさに神そのものだった。
俺たちが必死に足掻いてたどり着いたこの場所は、彼にとってはただの庭に過ぎないのだ。
「解析できない……! データがデタラメすぎる!」
白石が悲鳴のような声を上げる。
彼女の端末には、エラーの赤文字が滝のように流れていた。
「この空間自体が、一つの巨大な演算装置になってる。ハッキングなんて通用しない……神宮寺自身がシステムそのものなんだよ!」
システムそのもの。
つまり、この帝都という巨大な檻を作った創造主。
そんな相手に、どうやって勝てというんだ。
「君の『虚無』は素晴らしい。だが、それはあくまで破壊の力だ。私の『創造』の前では、無力に等しい」
神宮寺が手をかざすと、光の輪が収束し、一本の槍の形をとった。
まばゆい純白のエネルギー。
直感で分かった。あれに触れれば、俺の「虚無」ごと貫かれ、存在そのものが消滅する。
「終わりだ、相馬くん。君のデータは十分に取れた」
「……まだだ」
俺は震える足で立ち上がった。
口から血が溢れる。肋骨も何本か折れているだろう。
それでも、後ろには仲間がいる。
ここで俺が倒れれば、全員が殺される。それだけは絶対に防がなければならない。
「ほう。その体でまだ立つか」
「当たり前だ……。お前が神様気取りなら、俺は悪魔にでもなってやるよ」
俺は残った力を振り絞り、再び黒い霧を練り上げた。
勝算なんてない。
だが、この理不尽な「天啓」に風穴を開けるには、俺の全てを賭けた特攻しかない。
司令室の白い光と、俺の黒い霧。
二つの力が再び激突しようとしていた。




